カリスマ書店員、そして人気エッセイストとして活躍している新井見枝香さん。店頭やイベントでの独自の取り組みが業界で大きな注目を集め、「プッシュする本は必ずヒットする」と話題に。2014年より独自に創設した《新井賞》は、芥川賞、直木賞よりも売れると評判。作家たちからの信頼も厚い。
コラム連載、文庫解説、帯コメントなどの依頼も殺到し、テレビやラジオにも多数出演。2018年、テレビ番組「セブンルール」に取り上げられたことは記憶に新しい。
そんな新井さんのもうひとつの顔が踊り子である。2020年にデビュー。偶然にも、あわらミュージック劇場がその舞台となった。



新井さんとの出会いは今年3月。
あわら市・タイ古式マッサージindi高嶋英巳子さんが教えてくれたエッセイ「胃が合うふたり」(千早茜さん、新井見枝香さんの共著)がきっかけとなる。



新井さんが芦原に来ているということもあり、せっかくなのでと高嶋さんに連れられて初めて劇場に足を踏み入れ、お目にかかれたのであった。

ちょうどその頃、映画「浅草キッド」を観ていたこともあって、劇場の内観がまさに劇中に出てきた浅草フランス座東洋館を思わせる空間であったことに強い感動を覚えた。もうとっくの昔に消えてしまったであろう昭和レトロの香りがそこに充満していた。





「落語は人間の業の肯定である」と言ったのは落語家・立川談志であるが、人間なんて欲深い生きものだし馬鹿だしそれだからこそ愛おしいと自分も感じる。どんなに着飾って綺麗な言葉で取り繕っても所詮人間そんなもんだ。裸になれば同じだ。それでいいんだ。というのが自分の根本にある。

SNSによる監視社会、気づいたらそんな世の中になっていた。ネット上で他人を吊し上げ、誤った正義を振りかざし叩きまくる。グレイを許さないホワイト化する現代社会を生きながら、ときに窮屈で息が詰まりそうになりながら、それでもスマホに依存し手放せない自分がいる。滑稽だ。

劇場に足を踏み入れた瞬間、タイムスリップをしたかのような気持ちになった。SNSもインターネットもない時代に戻った気がした。寛容な時間だった。



それから2ヶ月。
高嶋さんの提案で新井さんのトークイベントをすることとなった。6月12日(日)、気づけばもう来週に迫っている。依頼を受け、当日はインタビュアーとして新井さんと同じ板の上でお話をさせていただくこととなった。たくさんの舞台に立ってきたが、まさかこの劇場のステージに立つ日が来ようとは、寿学園に通っていた中学生の僕は想像もしていなかった。これで嶺北のホールはほぼほぼ制覇することになる。

三國湊は北前船で栄えた湊町。
井原西鶴をして「北国にまれな色里」と言わしめた花街であったのも今は昔。歴史によって美化され、遊女というものに、いやらしさ、いかがわしさを思う人はおそらくいないだろうし、むしろ風情や浪漫を感じる人が多いだろう。
昭和31年芦原大火の年に建てられ、今年で66年。日本に300ヶ所あった劇場も現在は18ヶ所を残すのみとなる。日本海側はあわらが最後の砦だ。
30年後、もしこの劇場が残っていたなら、日本で唯一の場所として、あわらの財産になっているかもしれない。



新井見枝香さん/1980年、東京都生まれ。アルバイト時代を経て書店員となり、現在は東京・日比谷の「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で本を売る。独自に設立した文学賞「新井賞」も13回目を発表した。著書に『本屋の新井』(講談社)など。

(写真:高鍬真之)