あともう一歩イタリアを楽しむために

あともう一歩イタリアを楽しむために

「より速く、より多く、より早く」

使うためにイタリア語を学ぶ人のためのブログ。

今のレベルで満足できるんですか?

 

 イタリア語に限らず、語学をされている方全員に一度は聞いてみたいのが、「外国語学習に、単語帳って絶対にいるか?(そう思いますか)」という質問です。

 

 というのも、僕自身は単語帳を使わずに英語では準1級に悠々と合格したり、イタリア語でも上級レベルに合格したりとほぼ必要性を感じてこなかったのに対して、日本の英語教育・英語習得の業界を見ると、相変わらず「単語帳はどれを使えば良いのですか」「私に合うのはどの単語帳ですか」「この単語帳はこう使うと良い!」とか、そういう話題が目立つわけで、そもそも単語帳ってそんなに必要なんだろうか、という疑問が(以前からあったけど)再び湧き上がってきたわけです。

 

 いるんですかね? 単語帳。

 別にどっちでもよくないですか?

 

 説明を後回しにして、僕の結論を先に書きますと、

1)単語帳は、基礎(文法が一通り全て)がしっかりできている人にのみ有効

2)単語帳は、単語をすでに一定数知っている人がさらなる補強をするのに有効

3)単語帳は、ある単語について何を知るべきか、をわかっている人にだけ有効

という3点にまとめることができます。

 

 以下、順に触れます。

 

 

単語帳は、基礎(文法が一通り全て)がしっかりできている人にのみ有効

 以前から書いていることですが、単語というのは、語学を木に例えると葉やつぼみのようなものです。末端です。枝もない状態の人、ましてや幹のない状態の人が葉っぱだけたくさん持っていても役に立ちません。一時的に詰め込むことはできたとしても、たったの数日でほとんど散り散りになってしまいます。そう考えると、単語帳を使って懸命に覚えようとするのは一体なんのためなのか、と冷静になれるのではないでしょうか。

 まず何よりも、文法全体をさらっと理解して、それぞれどういう役割があるのか初心者に説明できるようになることを目指すべきです。

 

 

単語帳は、単語をすでに一定数知っている人がさらなる補強をするのに有効

 単語帳不要論を唱えるだけでは芸がないと思い、先月半ばくらいから僕自身単語帳を使い始めてみたんですよ。英検1級を対象としたものです。とても有名な、でる準パス単というシリーズなので、ご存知の方も多いでしょう。

 

 

 

 

 いまはAランクを全て終えて、Bランクに入っているところです。Aランクはだいたいすでに知っていたり、見覚えくらいはあるかな、という感じで楽に進みました。Bランクになると完全に初見だなというものが増えましたが、知っているのも半分程度はあるので読み進めるのは苦ではないです。というか、シンプルに楽しいです。

 

 なぜ楽しめるんだろうと考えてみたんですが、やっぱり、ある程度知っている部分がしっかりとある上で、そこに積み重ねていけている感覚があるお陰だと思うんです。ほとんどしらない単語ばかりで、1ページずつどころか掲載単語1つずつ次から次へと新種が出てきたとしたら絶対に楽しめないでしょう。というか、辛さ以外ないはず。

 

 その結果思うのは、単語知識を低い方から順に0から10まで10段階で示すなら、単語帳は0を2とか3とかにするために使うのではなく、5とか6持っているものを8とか9にしていくためのものだなということです。

 

 

単語帳は、ある単語について何を知るべきか、をわかっている人にだけ有効

 単語を覚える、と一言で言っても捉え方は人それぞれ全くと言っていいほど違います。僕の場合、単語の造り、発音、アクセント、用例を全部確認します。この中に「意味」という項目がないのが、目立ちませんが、重要です。僕は単語を「意味」ではなく「解釈」で捉えるようにしているのです。(以前にもブログで書いていますけどね)

 

 違いはなんでしょうか。

 

 「解釈」とは、ある文脈においてその単語が果す役割に焦点を当てている場合に成立する概念だと、僕は捉えています。

 では、そんな僕は「意味」とはどう捉えているかというと、その単語のいわゆる「コア」に注目しています。文脈に左右されない、その単語が本来有している概念です。英語学習の正解でも、最近はここに焦点を当てた説明をする単語帳や解説本が多いですよね。

 

 話を戻しますが、単語を覚えると言ってもそもそもチェック項目が普段から違う人同士が単語帳を使って覚えていった結果、積み上がっていく情報量は3倍以上は違う(という感覚)わけです。

 だから、何でもかんでも、誰でも単語帳を使えばそれでいいというものではないと思うわけです。それなりに「何が知りたくて単語帳を使うのか」を自分なりにわかっている人にしか十分な意味はなさないと思います。だからまず、要否を自分の頭で考えてみよう、と。

 

 

まとめ。単語帳を、基本的には使わないのなら、何をどうするといいのか

 たくさん読む。これに尽きます。

 やらない人が多すぎます。または、自分ではやっていると思っていても実際には半端な量でしかないことが多すぎます。

 

「私がしたいのは会話。だから、たくさん読むという方法は、私には合わないわ」

 

 いるんですよ。そういうスカした人って。もちろん、ごく一部には天才的な人もいるんでしょうけど、そういう人たちはそもそも習得プロセスに悩むことはないでしょうから。

 

 結局、僕を含む凡人は、たくさん読んだ方がいいんです。(かと言って、読むだけで足りるというわけではない)あ、ちなみに、日本語の本ですらあまり読んでこなかった人たちについては、まず日本語の本をたくさん読むことを習慣化してほしいですね。そういう人たちは「言語を読んで理解し、頭の中で整理する力が発達していない」可能性が高いからです。日本語(の理解)が拙いのに、イタリア語だけ発達・上達することって考えにくいじゃないですか。純ジャパを対象に考えるならば。

 

 なんかの記事とか、本の数ページを読みますよね。単語も辞書で(イタリア語だけの辞書、です。もちろん)調べますよね。その読んだ部分を次の1週間繰り返し読むわけです。そうすると、全部ではないにしろ、出てきた単語や表現は脳裏に残っていきます。音読をすると一層いいです。理解だけでなく、定着へとつながるからです。

 

「それなりにやってるはずなのに、伸びない。。おかしい。」

 

 ぼやいてないで、学習強度を高めるほうがいいです。

 しんどいですか?

 だったら、しばらくやめましょう。無理して続けても、いいことないです。

 語学は、基本的には義務で行うものではないですからね。

 

 イタリア語に限らず、何かを学ぶということに対しての適性は人それぞれだと思います。語学を学ぶセンスに優れている人もいれば、そうでない人もいる。それを自分自身がある程度把握した上で進めていくのが、一番の幸せにつながると思います。無理してもしんどいだけだし、適当にするだけでも実感が薄い経験にしかならない。

 

 あなたは、イタリア語(あるいは、今学んでいる言語学習)を2022年にどうしていきたいですか?

 

 イタリア語と英語に関してであれば、僕なら相談に乗れます。有料ですが、ブログで書いていないことも含めて、あなたの2022年の語学学習の方向性を一緒に考えていくことができます。詳しくはメッセージにてお問い合わせください。

 

 

 

<中級以上の方は、僕の紹介する本を使ってもっと実力を高めていきましょう>

Su consiglio di Kenny

 

 

 語学力が伸びるかどうかって、地頭がどれくらい良いか悪いかと、その言語にどれくらい興味と必要性を感じるかで決まります。これまでの僕の経験を総合すると。

 

 伸びないからと言って、別にやめなくてもいいんです。ただ、一つ意識してほしいのは、自分には自分なりの天井があるということだけです。その天井に到達したら、それはあなたの終着点です。

 

 もっとも、その天井も足りない部分を補うことができれば破ることはできるわけですが。(もちろん、その場合もまた次の天井は存在しますけどね。)

 

 

 ところでみなさん、fuori mano という表現知ってますか。

 

 知らない人は、これってどんな意味だと思いますか。まず自分の頭を使ってみてください。

 

 

 僕はね、この表現をこの本から知ったんです。

 

 

 

 

 

 で、最初リスニングして音だけで認識した時は、「手に負えない」というイメージが脳裏に浮かびました。(ここで言っておきたいのは、「手に負えない」という日本語が浮かんだのではないということです。)

 

 でもそれだと腑に落ちないんですよ。文脈に合わない。

 

 で、文全体の意味を掘り起こすわけです。あれ、手に負えないではなく、別の意味では?

 

 そこで初めてオンライン辞書(イタリア語のみの)を使うと、2番目に考えた意味が載っていたりするんですよね。

 

 こういうのが面白い、と僕は感じます。覚えなければ、とか思わない。ただシンプルに、自分の第一感と実際の使われ方にギャップがあるのが面白い。

 

 ほぼ毎日こういうのを繰り返しているから、シンプルに伸びるわけです。僕の中でのイタリア語の深みが。

 

 この内容に共感できたり、自分にもそう言うところがあるなと感じる方、なかにはいらっしゃると思います。ごく僅かでしょうが。

 

 そういう方は、上達しますよ。自分は変なところに気を取られすぎではないか、とか思わなくて大丈夫です。

 

 新しい表現を知り、それらを組み合わせる作業を頭の中で行ってさえいれば、自然とワクワクした感覚が得られるはずです。イタリアに行けない間は、それを最大化することを目指すと良いんじゃないでしょうか。

 

 

 

<必要な時にアウトプットできるイタリア語を身につけないと、意味ないですよね>

Su consiglio di Kenny

 

 

 昨日だったか、今日だったか記憶が早くもないのですが、イタリア語コーチと名乗るのをやめることにしました。(=カフェトークのプロフィールを書き換えました。)

 

 もっとも、コーチという呼称を自分から外すだけで、自分の活動内容はだいたい同じなままです。一つ言えるのは、イタリア語のレッスンをすることは、自分の活動エリアのうちの周辺でしかなくなるということですかね。

 もちろん、僕の、深くて広い掘り下げ方をベースとしたレッスンをほんとに気に入ってくれている方々にはこれからも提供していきます。(逆にそういう方々は、ほんと前向きで、自分からぐいぐい来てくれる方たちなんですよね。僕の方がエネルギーを分けていただいているくらいです。その方々にはほんと感謝してます)

 

 

 もともと”先生”と呼ばれることにどっかで馴染めない自分がずっといて、それでなんかしっくりくる呼び方ないかなと自分で考えた結果、選んだのが”コーチ”でした。

 

 イメージしたのは、あれこれ手取り足取り教える”先生”とは違い、全体の動きを観察しながらポイントを手短にアドバイスする、という存在であることを表現したかったという気持ちがありました。

 

 

潮時です

 やめる理由は、コーチが必要なほどイタリア語をしっかりと学ぶ人が(ほぼ)おらず、特にイタリア語で「何を」「どうしたい」のかというのがなく、目標といえばイタリア語検定やらに合格したいくらいしかない人が(僕に見えている限りでは)大部分だと、諦めがついたからです。いつまでも引っ張っても仕方ない。(探す”場所”が悪い、というのもあるんでしょうけども)

 

 2018年1月から4年やってきましたが、それなりに自分としては手を尽くしたと達観してます。自分を必要としてくれそうな人に自分がたどり着けてないだけかもしれない、と設定して試行錯誤を続けたのですが、僕のレッスンの必要性を理解できる人は、やっぱりごくわずかでしたね。

 

 

ぶっ壊すぞっ、とか言ってみる

 コーチという名称はやめて、その一方で、なにか別の提供方法でイタリア語をもっと習得したい人に向けたサービスを展開していきたいですね。正直、XX検定とかしか学習の基準にできない人が多い今の日本の状況に嫌悪感を強く抱いています。だから、それをぶっ壊すようなことを始めたいです。(ぶっ壊すとか言ってますけど、別に”政党”を作るつもりなどはありません笑)

 

 

 外国語を習得しようとする・学ぶというのは、興味さえ湧けば誰でも始められるものとして捉えられがちだなと思いますが、僕目線では、向いてない人が大部分だなと思います。でも憧れる人は多いし、みんな「自分なりに到達できるところまで」を目指して始めるんですよね。で、同じようなレベルで延々とループする。そういう(ループする)”学習者”を利用してお金儲けをする人もいる。手短にまとめると、日本人の外国語学習の現実ってそんなところですねぇ。

 

 

変えていこうっ、と。

 そんなのくだらねーなーって思うので、それを変えたいっすね。

 ま、ちと試行錯誤しながら動いていきます。

 

<イタリア語をガチで習得したい方にしかお勧めしません>

Su consiglio di Kenny