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CHANGE or DIE

ユニクロの社長曰く「CHANGE or DIE」。

過激な言葉だが、本質を含んでいる。

オバマ大統領の「CHANGE」演説は記憶に新しいが、
この言葉が人の心に響くのは何故かというと、
変化というのは生命の本質だからだ。

つまり、変わるのを拒むというのは死を意味しているのではなく、ただ単に不自然なのだ。

宇宙には不自然な事は何ひとつとして存在しない。
では何が不自然なのかというと、
マニュアルが不自然なのだ。

「~何何すべき」
「~何何をしてはいけない」
「~このように生きれば良い」

どのような立派な事が書いていようと、
マニュアルは人の生命力を弱体化させる。

つまり、そこに自由意志で活路を見出す意思があるかどうかなのだ。

生命の本質に従わずに、文化をフォローすると、やがてはその文明自体の生命力が奪われる(この事は数学の方程式のように明らかな事)。

選択を政府や学校や会社に任せてはいけない。

何故ならそれは不自然だからだ。

選択は生命が選ぶのだ。

そして自由な選択をする事こそが人間の生命を輝かせる。

ちなみに、これは理想主義でもなんでもなく「事実」なのだ。

お分かりだろうか?

オバマは理想主義を語っていたのではなく、
事実を語っていたのだ。
(ここは決して勘違いしないほうがいい)

インフラが充実しているのが人間生活の条件なのでは無い。
夢があるかどうか、それが人間にとっての生命の表現方法なのだ。

循環する環を閉じる時



あけまして、おめでとうございます!
今年もみんなにとって良い年でありますように。

昨年より作家パウロ・コエーリョのブログで、
パウロの物語にイラストを週1回のペースで描いています。

今日投稿された読者へのパウロの新年の挨拶「2010:Closing Cycle(循環する環を閉じる時)」にもイラスト
を描きましたので、そのメッセージを僕の新年の挨拶にします。
http://paulocoelhoblog.com/2010/12/31/closing-cycles-eng-espa-port/

この絵もパウロの書いた内容に答えたもので、
僕自身の決意声明です。

今年も是非よろしくお願いします!




「循環する環を閉じる時:それはあなたのプライドのせいでも、包容力の無さでも、能力が無いせいでもなく、ただ単にあなたの人生に適合しなくなってきたから。
ドアを閉め、かけている音楽を変え、家をきれいにして、ほこりを払い落とそう。
自分が誰であったかを捨て去り、自分が誰であるかに変わっていこう」 ~パウロ・コエーリョ~


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二千年目の調査報告



「・・・・・まずは我々調査団の報告が遅れてしまった事をお詫び申し上げます。
当初、我々の調査は2~3年で終了する予定だったのですが、結果として2千年もかかってしまいました・・・・。

ご存知のように、我々調査団は『地球』と呼ばれる惑星に生息する『人間』という生き物を調査する為に約2千年前に当惑星に降り立ちました。
『地球』にはすでに、単細胞の生物から体長30メートルもの大きさの生物までもが進化発展していたのですが、なかでも『人間』という生物に我々は注目しました。
『人間』の持つ高い知能も勿論そうですが、我々は『人間』の持つ不確定要素に興味を惹かれたのです。

しかしながら、この不確定要素が我々を戸惑わせたのです。
それはもう正に不確定要素としか呼びようがありません。
・・・・いえいえ、決して我々は自己弁明をしている訳ではありません。
我々が調査に2千年もかかってしまったのは、この不確定要素の為なのです。
『人間』の持つ不確定要素は彼らの思考様式から行動様式、また彼らの生物学的定義付けまで、全てのジャンルに見受けられます。
たとえば、彼ら人間は『ほ乳類』という生物のグループに属していながら、
ほ乳類に特徴的な体毛が殆どありません(頭部などにその名残がありますが)。

これは全く不思議な事であります。
何故なら、体毛を無くす事に進化論的な意味は何も無いからであります。
また、彼ら人間はこの世に生を受ける時にとても大きな泣き声をあげます。
これは生物にとってはとても不利な事です。
天敵の補食動物などに気が付かれてしまいますからね。
・・・・それに、他の生き物は生まれる時には大きな泣き声をたてません。
そもそも、この世に生を受けるというのはとても喜ばしい事であるはずなのに、
何故泣くのでしょうか?
人間はこの世に生まれるのが悲しいのでしょうか?
我々はこの点が不思議でしかたがなく、約500年も考え続けました。

500年もの考察の結果、我々はこの特徴こそが人間が『宇宙生命』へと進化発展しているひとつのプロセスなのではないかと考えました。
そのように考えますと、上述の謎に対する答えが導き出されるのであります。
・・・・生物学的に考えますと、人間は環境に適応しないように進化しているのです。

わざわざ外敵に対し無防備になったり、病原菌や寒暖の差に耐えられないように無毛になったりするのは何故なのでしょうか?
もし人間が『宇宙生命』へと進化している発展途上であるならば、
その理由とは人間は危険を冒してまで自らをデリケートにする必要があったのです。
毛を無くし皮膚を外気にさらしたのは、空気や風を肌で感じたかったからではないでしょうか?
また、人間はたとえば男女などが温もりを得る為に肌を重ね合わせたりしますが、
これは人間がデリケートになる事でしか意味を成さない行為であります(地球上の他の生物はこのような行為はしません。他の生物にとっては性行為はただの性行為です)。

そうなのです。
もし生物が天敵や環境などから身を守るのであれば、その最善の方法とは甲殻類のように厚い皮膚で外部を覆う事なのです。
しかしながら、甲殻類のように外気を遮断してしまうと、風や温度を直接感じる事が出来無くなってしまいます。
つまり人間は危険を冒してまで、外部の環境に対して無防備になったのだと考えられます・・・・。
何故ならこの宇宙を知るにはデリケートになるしか方法がないからです。
この傾向は人間の精神や文明の中にも同様に見受けられます。
その証拠データとして、ここ近年における精神疾患やストレスが原因と見られる病気の急激な増加をここに用意してあります。
このデータを見るかぎり、人間はその身体と同様心までもがデリケートになっているかのように見えます。
人間の中にも、このような全人類的なパラダイムの変化を退化だと捕らえる人々が居ます。
果たして生き物として人間は劣化、退化しているのでしょうか?

・・・・もし我々の説が正しいのだとすれば、これは退化ではなく進化です。
かつてサルだった生き物は進化をする過程で無毛になり、それだけではなく皮膚が粘膜のように薄くなり、敏感になったのと同様心までもが粘膜のように傷つきやすくなったのです!
諸君、これは我々宇宙生命の自己犠牲の精神と合致するのではないでしょうか?

どういう事かと言いますと、人間は危険を冒してまで宇宙の真理を知る為に自ら傷つきやすくなるように進化させたのかもしれないのです。
・・・・・勿論、当の人間達はその事には気が付いてはいません。
ただ、人間がその進化過程で生み出した芸術作品や心理学などが心の危うさを繰り返しテーマとして選んでいます。
それはいったい何故なのでしょうか?

恐らく人類は、そこにこそ人類の目指す所が隠されていると直感しているからではないでしょうか?
これは人間にとっては賭けでもあります。
何故なら、傷つきやすくなるという事は優しくなれるきっかけになると同時に残酷になる指向性を内包しているからです。
現に地球上では戦争などの争いごとがここ数千年絶える事はありません。
これは人間の持つ最大の不確定要素であります。
・・・つまり、戦争や人種差別などの争い事は強い人間が引き起こしているのではなく、心の弱い人間が引き起こしているのだと、我々は考えます。
これは極めて逆説的な推論ですが、この「心の弱さ」こそが地球人を宇宙生命へと進化させている要素なのではないかと我々は考えます。

つまり、人間は知らず知らずのうちに自己犠牲を買って出ていたのです。
しかし人間はそれを自己犠牲とは認識してはおらず、それらの行為を「原罪」だとか「悪」と呼んでいます。
悪は心の弱さからしか生まれません。
そして心の弱さは宇宙の真理を知る為には必要不可欠なのです。
しかし、人間はこの事を知ると混乱してしまいます。
何が「悪」で何が「善」なのか指標が無くなってしまうからです。
人間の生み出した芸術作品の数々が善と悪の確執をテーマとして選んでいるのも、この為だと我々は考えます。

また不思議な事に、人間は地球上の生き物全ての生物学的特徴や行動パターンを自らに取り込んでいるかのように見えます。
そのおかげで、人間は本来草食動物なのか肉食動物なのか見分けがつきません。
昼に活動する生き物なのか夜行性の動物なのかも不明です。
鳥のように一夫一妻なのか、一部のほ乳類のように一夫多妻なのか、昆虫のように女王と労働をする為だけにいる性に分かれているのか、それも観測不能なのです。
これらの行動パターンを人間自らはそれを「欲」あるいは「煩悩」だと結論づけました。
「権力闘争」の結果だと考える学者も居ます。

人間のこの行動様式には我々調査団も頭を抱えてしまいました。
そして1千年考え続けて、我々はひとつの結論を導き出しました。
・・・・・これは恐らく、人間は自らのシステムに全生物のデータを取り込み、記憶させているのです。
何故なのか?
恐らく、これも人類の選択した自己犠牲なのです!
人間は全生命の命の輝きを記憶する為の図書館になる事を選択したのです。

え?
そこまで進化しているのならば何故使節団を派遣しないのか?

・・・・・いえ、まだ恐らく人類は進化の途上なのです。

もうしばらく様子を見てみましょう。

あと100年、あと200年も経てば人類は自ら気づくかもしれないからです。
人類が自らを罰する文化を放棄した時に、人類は宇宙生命へと進化していく事でしょう・・・・。
それではここで、地球生物人類に関する報告を終えたいと思います」