東京オリンピックのポスターを製作された、
グラフィックデザイナーの亀倉雄策氏、写真家の巨匠 土門拳氏、華道草月流の創始者 勅使河原蒼風氏、この三人による、三人三様の書本「1977年 出版」 の中から下記の文章を紹介します。
アメリカの西海岸だったか、東海岸だったか忘れたが、なにしろ白い家で屋根の片方が極端に上がって、しかも、ひさしの全くないものが大流行した。
雨の全く降らないこの地方では、たいへん必然性があるのだそうだ。
ところが、たちまち雨の多い、しかも、台風の通り路の日本で大流行した?
ほとんど若い建築家の仕事である。雨漏りがしても、ぜったいに直らないということだった。私の知人の家が、この雨漏りで悩まされた、
何度、工事屋をよんでもダメだった。
工事屋が、「 だいたい最初から無理なんですよ。
日本じゃ、こんな構造は雨漏りするということは常識なんですがねえ!
なにしろ偉い先生だとゆうことですから、設計どうりやりましたが、雨が困るなら、家をこわして、最初からやり直すんですね」
こうゆう雨漏りの家を設計する人は、機をみるに敏で上手に、ジャナリズムにのってゆく、また、建築雑誌というのは無責任で、目新しい、珍奇な家でないと取り上げない。見た目が面白くないからだ。
建築雑誌は、ファッション雑誌と同じである。
ファッションも着られない服でないと、見た目が面白くない。
だから、住みやすいとか、合理的だというよりも、ファッション的な建築を雑誌が取り上げる。
そこで、建築家は、住む人のためにではなく、
自分の作品発表のために設計する。
一生に一度しか、家がたてられない人は災難である。
下手な医者にかかって、あらた助かる命を落とすのみも似ている。
施主は、素人だから青図をみてもわからない。
ただ偉い秀才の建築家で、しかもジャーナリズムに名前が出ているからだと信頼する。
出来上がったのを見て驚いても、あとの祭りである。
第一、
この秀才はエリート意識が強く頑固である。
施主のいうことなんか聞くわかがない!
逆に、とうとうと理論でまくしたてられてるのがオチである。
しかも、建築にたうする無知、思想の浅さ、生活程度の低さを指摘されて、ここを住みこなさなければ人間としての未来がないと、おどかされる。
大体、どこの家庭でも亭主はお人よしで、おっちょこちょいである。
若い建築家のなにやらワケのわからなぬ、
むずかしい言葉つかいの理屈を聞いて、さも理解し、共鳴したような顔をする。
そうして、自分が新しい芸術の保護者になったような気分になる。
そうして、どんなデザインの家でもよろこんで住まわなければ、自分が時代おくれや、無知を笑われるかもしれないと虚栄心が顔をもたげる。
これで、運命はきまったようなものだ、
家が出来上がってから、こんなわけではなかったと内心驚くが、さも満足したような顔をする。
ところが、女房どのは、現実主義だから、
とんでもないと亭主にくってかかる。
「 こんな使いにくい家、なんとか直してくれ」
今更、どうにもならない!
これがもとでず~っと、
夫婦げんかのたえなるまがないという家庭がある。
いや~ ほんとうの話だ。
最後に、建築設計士は、資格を取る前に、実務経験として、5年以上は、トンカチもって現場で修業をすることを、資格取得の条件にすべきである。
又、今の資格制度はおかしい?
弁護士、医者、も問題である。
資格のあるまともな人は、全体の20%くらいと思う。
そこには、生まれもっている感性や美意識、技量、経験などが必要なのである。
そして、大学制度を見直し、貧乏人の子供でも
無料で入学できる新たな制度を設けるべきである。
坂の上の雲に出てくる、秋山兄弟のように
素晴らしい人材を生み出すことになると思う。
以上です。
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