大卒

大卒者の雇用環境も、この時期に大きく悪化した。リクルートワークスの調査によれば、1991年をピークに求人倍率 は低下傾向で推移し、2000年には1倍を下回った。多少の変動はあるものの、2002年を谷とする景気の回復に伴い求人数が増加するまで、長期間にわたり雇用環境は厳しい状況となった。

就職率 もこの時期は厳しい状況にあった。学校基本調査 に よれば、1991年の81.3%をピークに低下を続け、2003年には史上最低の55.1%となり、2003年卒業者(専門学校の就職率は76%)(順調 に進学・進級すれば1980年度生まれ、早生まれは1981年生まれがこの年の卒業となる)は氷河期世代の中でも最も悲惨な時期となり、幸運にも新卒で正 社員になれたとしても「国立大法学部 を出てトラック運転手 になる」などと揶揄された様な、本人の志や能力とはおよそ異なる様な道しか選べなかった者も多い。就職難のため、卒業後専門学校に行く大学生も増えた。(1997年3月24日朝日新聞)


職業訓練校の入校試験があった。たった今。
15人採用のところ、75人もの人。人。人。
失業者が多いのは理解していたがこれほどまでとはな。
試験4割 面接6割と言う判断だそうだ。

さて、筆記試験。作文、国語、数学。
作文はともかく、国語と数学な、あのねぇ、これほど学力って落ちるものなのか?ビックリした。
このままではヘキサゴンⅡで笑えない。
ま、そこそこにこなしたものの・・・。筆記試験では挫折知らずなのだが、自信は無い。

さて、今度は面接だ。
残念な要素を抜粋すると、
面接官「タケウチさんなら、これまで、販売、営業やってたんだし、これを積み重ねた方が良いんじゃないの?」
俺「いや、年齢的にも新しい事を始める最後のチャンスと思って今日来たんですが。」
二人「・・・」

・・
・・・ダメだろう。
きっと。全く手ごたえが無い。今まで手ごたえがあった事もそんなにないんだけど。
今は合否判定の11/6を待つしか出来ない。次のアクションを起こす事にしよう。

前の会社の店長が帰りの電車に乗っていて、とても気まずかった。

そして、今から友達の結婚式だ。とりあえず会費の元をとるべく飲み食いの限りを尽くし、
淋しさを武器に俺の取り留めの無いトークを爆発させようと思う。
素直にめでたい事なので、めでたく行こう。二次会では頭にネクタイを巻くなどして幸せになろう。
カメラを持っていこう。

フェンシングの銀メダリストが就職したのは、ちょっと嬉しかった。

プータロー
は、就労可能な年齢等にありながら無職 でいるものの俗称である。「プー」などとも略す。「プー太郎」と表記されることもある。ホームレス に対して使われることもある。また「フリーター 」の別名で、「ニート 」の俗称である。

通常は蔑称であるため、新聞、テレビ等のマスコミで使われることはないが、例外に1999年の10月~12月に放送されたテレビドラマ「PU-PU-PU- 」ではセリフでも言っており、プータローの若者をテーマにしたドラマである。

建設労働者のことを「風太郎」ということからの派生とも云われているが、語源はよくわかっていない。働きもせずプラプラしているからともいわれ、 ネット上では「浮浪者」、「風来坊」、「poor」を語源とする説を見るが、もともと正規な日本語の単語というわけではない俗語であることもあり不明確で ある。プータローという呼称は1980年代前半には既に存在していた。日本でプータローという呼称が使われる以前から、台湾語で無頭路(プータロー)とい う言葉が使われていた。

ある資本家の青年が、働きもせず、親の金と株で生活していて、その彼が弟につけられたあだ名が「プー」(英語でウンチにあたる幼児語)、と呼ばれたのが広まったというのが語源の一説にある。 


俺は株もやってないし、資本家でもないし、親がつい最近定年退職した。
リアル怖い。