どうも、シェパード太郎です。

さて、昨日は夕方前からセキグチさんと打ち合わせと、夜からはレオちゃんさんの2週間に一度の単独ライブへ。

まずは打ち合わせ。

と、その写真を撮るのを忘れたので、こちらをあげておきます。


こういう寝間着を見ると、ついつい思い出しちゃう。


さて、それはさておき打ち合わせ。

今年の活動についてや、今年のチラシ、僕の容量過多になったiPhoneの相談まで、、、

いや、そこまで相談するか?ということまで、ズブズブに甘えきってきました。

というか、iPhoneのことを相談したことで打ち合わせが少しだけしわ寄せを食らわしてしまったので、大反省。

iPhoneのバカヤロウォォ!

と叫び切ったあと、早稲田クローバースタジオにて『レオちゃんを椅子に座って観るLIVE 3月にっこり編』へ。


レオちゃんさんの2週間に一度の単独ライブ。

集客を考えるだけでも大変な日程の中、オール新ネタと2週間前に出されたお題で大量のショートコントを作るという、我が身で考えたら卒倒しちゃうレベル。

しかも、内容は2週間に一度とは思えないほどのクオリティで、圧巻。

異空間、異次元コントの連続で、キーワード(KWD)ショートコントの量が多いのに質が高いこと・・・と、そのすべてにおいて完璧すぎて身震いしてしまいました。

来年の「R-1ぐらんぷり」の決勝にどのネタを持っていくんだろう、と勝手に決勝に行く前提で考えてしまったほど。

いやぁ、、、ぶったまげるほど面白かったです。

で、帰路、行きしな早稲田駅の文禄堂書店で買った徳川夢声「話術(文庫)」を読んで、また唸りながら帰る。


漫談家は、義太夫や落語・講釈師とは違い、誰にでも出来てしまうように捉えられてしまう、という悩ましいクダリに考えさせられる。

漫談家で先生とも呼ばれる徳川夢声氏が、一席やったあとの主催者との会食でひどいことを言われたというエピソード。

「うちの工員で松木というやつがいますが、こいつ漫談の名人でしてね、仕事はダメだが漫談をやらしたら先生ぐらいやります」

こんなことを言われて頭を抱えるものの、その反面、ギャグにしながらこう見解を書いている。

「つまり、ハナシとかマンダンというものは日本中に名人がザラにいて、第一人者が充満してるわけです」

ただし、それでは素人と漫談家の違いは何なのかというと、3つの要素が最低限必要と。

「普通の人よりも話すことが面白く巧いこと、素人とは比較にならないぐらい公衆の面前で実演していること、四六時中機会あらば材料に目をつけていること」
 
さらに、何よりも大事なのが、「漫談で生計を立てていること」と。

要は、本職とそうでない人との差が、これぐらい分かりづらいものなのであるということは、どんなことを話そうが芸として見られにくい職になるという。

徳川夢声ともあろう方が、こう悩ましく書いているのには痛感させられる。

しかも、芸が未熟であればそれは尚更なわけで、当たり前だけど些細なごまかしでは効かないということでもある。

うーん、悩ましい。

頭抱えて帰りました。

では。