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約束の場所はシックで落ち着いた雰囲気のバーだった。個室にすると横田さんから見えないし、ソファ席でゆったり長居をするつもりもなかったので、二人でカウンターに並んで腰掛けた。
女は名を京香と言った。目立つ顔立ちではないがよく見ると美人というやつで、華奢な体に豊かなバスト。それを強調するように今夜は胸の谷間も露わなペールグリーンのワンピースを着ていた。
「ねぇ、約束通り今日は私にご馳走させてね?」
「いいのに。別に」
「だぁめッ」
ふふっと京香は笑った。
まぁ…なんか、男を手玉に取って来た感が満載だな。
食事を奢るのは恐らく後のホテル代を男が出しやすくするためだろう。たしか昌さんにも奢っていた。
とにかく男に誘わせるのが京香の目的で、俺だってさっさとこんな役目は終わらせたいから、なんなら一杯引っかけただけで即ホテルに誘ってもいいのだが…
俺は、さりげなく辺りを見回した。
横田さんの姿が見えない。
どうやらこっちが先に着いたようだ。さすがに横田さんが来るまではここで飲んでなきゃいけない。
京香の相棒の方は来ているのだろうか。
カウンターの端に一人で飲んでいる男がいるが…。
「どうしたの?」
京香の声にハッとなった。あたりをうかがう視線が鋭すぎたか?
とっさに笑顔を取り繕った。
「なに?」
「落ち着かない?」
「いや…別に」
「なんかソワソワしてる」
「そう?…ね、何飲む?ワインがいっぱいあるけど」
誤魔化そう。
「そうねぇ…」
マスターにお勧めを聞いて、一杯目はシャンパンで乾杯した。
ワインの種類が多くて料理も美味しい。雰囲気もデート向きだし、聡美を連れて来たら喜びそうだな。そうだ。万一バレたときはデートの下見という言い訳もアリかも…いや、ないか。
まぁ、バレるわけはないのだが。
「いらっしゃいませ」
横田さんかも、と思って入り口を振り向いたらカップルだった。なんだ、と思って視線を外しかけたが、もう一度見た。
なぜなら女の方に既視感があったから。
そして、俺は思わず息を呑んだ。
嘘だろ?今、一番会いたくない人なんだが。
袖無しのグレーのラメ入りニットに同じくグレーのパンツを合わせ、華奢なシルバーのサンダルを履いた聡美が店員に微笑み、そして連れの男を振り向いた。男は、柄物のシャツに白のパンツに黒サンダル。歳は俺より若そうだ。
やばい!こっちに来る!
俺はとっさに顔を見られないように背を向け、カウンターに肘をついた。
「どうしたの?サトシ」
そう。マッチングアプリで健くんが俺につけた仮名は聡。もちろん、聡美をもじったものだ。
最悪…。