遅ればせながら、准ちゃん、お誕生日おめでとうございます…ってことで、新作です
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秋。中間考査中の午後の学校は静かだ。なぜなら、部活はやってないし、学校に残っている生徒は自習室で黙々とテスト勉強に励んでいるからだ。
俺は、条件部屋には行かず(健くんの採点の手伝いをさせられそうだから)、4階の音楽準備室でひとりコーヒーを飲んでくつろいでいた。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい。どうぞ」
「失礼します」
入って来たのは、養護教諭の早乙女先生だった。
彼女は前の養護教諭が退職した後、この春からうちの学校に勤務している。井ノ原校長がどこからかスカウトしてきたという若くて優秀な養護教諭だ(おまけに美人だ)。
ハイネックのカットソーに、膝丈のタイトスカート。その上に白衣をまとい、長い髪は後ろに束ねている。
「宝先生、今、お時間大丈夫ですか?ちょっとお願いしたいことが…」
「ああ…保健室の留守番?」
前の養護教諭から、「応急処置ができるから、保健室の留守番は宝先生に頼むといい」と引き継ぎがあったらしく、たまに早乙女先生が出張のときなど、保健室の留守番を頼まれている。
「あ、違います。そうじゃないんです」
早乙女先生は顔の前で手を振った。
「あ、どうぞ座って。コーヒー飲む?」
俺は向いのソファを勧め、コーヒーを入れるために立ち上がった。
すみません、と言って彼女はソファに座った。
コーヒーを運ぶと、いただきますと言って上品にカップに口をつけた。
「あ、美味しい」
と目を丸くして、それから、すまなそうに眉を寄せた。
「すみません。お忙しいところ」
「いやいや、忙しくないよ。音楽は中間テスト無いんで」
「でも生徒指導部長ですし」
「生徒がカンニングでもしたら、仕事増えるけどね」
「するんですか?」
「めったにない」
「そうですか」
「で、話っていうのは?」
「あ、実はお忙しいのは重々承知しているんですが…生徒指導部長というお立場からも、ぜひ宝先生に助けていただきたいと思うことがありまして…」
頼られるのは、嫌いじゃない。
「なんですか?」
「実は、井ノ原校長からもかねてから頼まれていたことなんですが…」
「うん」
「本校の課題である性教育についてのご相談なんです」
「性教育?」
なんでそれが俺に降ってくるんだ?
「来月の一年生対象性の講演会に、ぜひご協力頂きたいんです。これ、講演会の案なんですが…」
早乙女先生は、ホッチキスどめされた資料をテーブルに置いた。
俺は手に取ってそれをめくった。
「これ、早乙女先生が作ったの?」
「はい」
なかなかよくできた資料だった。
以前、秋葉原でバイトをしていた生徒がいたりしたから、生徒に正しい性教育をするというのは校長も力を入れて取り組みたい課題のひとつとしていた。
それで、今年度から養護教諭による性教育講演会を行事予定に入れたわけだが…。
「で?俺は何をすればいいわけ?」
「そこの2枚目にある、寸劇に出ていただけたら、と」
「寸劇?」
資料には寸劇(別紙)としか書かれていない。別紙はどこだ?
「生徒への伝え方を考えたときに、一方的にこちらが喋るよりは、やはり実際に寸劇なんかを見てもらう方がわかりやすいと思いまして」
「まあ…たしかに」
「どこかから動画を引っ張ってくるのでもかまわないんですが、宝先生に演じていただけると、より生徒も真剣に見てくれるだろうし、何より出来合いの物ではなく、本校のオリジナルな性教育というものを実践したいんです」
早乙女先生の訴えかけるような真剣な眼差しに、とてもノーとは言えない雰囲気…。
「い、いいですけど。別に」
「本当ですか?ありがとうございます‼︎」
早乙女先生は揃えた膝の上に両手を置き、おじぎをした。それから、さっきの資料とは別の物を出してきて、テーブルに置いた。これが別紙か?
「これ、私が考えた台本です」
「台本も考えたの?」
「はい。一度目を通していただいて、何かおかしいところとかやりにくいところがあったら、ご指摘下さい。じゃ、よろしくお願いします!」
「ああ…はい。うん」
「失礼します」
早乙女先生はぺこりとおじぎをして、スキップでもするような足取りで出て行った。
「台本まで作って…気合い入ってんなぁ。そういや彼女、演劇部の顧問だっけ」
パラパラとめくって…
ちょっと待て。これ、俺がやるのか?
おかしいところは無いけど…
やりにくいところばっかりじゃねーか⁈
俺は何をさせられるんだ⁇