三宅と岬は新喜劇を観てお茶をした後、一緒にアパートまで帰って来た。
「今日はありがとう。めちゃくちゃ楽しかった」
「健ちゃん、大爆笑だったね」
「うん。久しぶりにあんな笑った」
「小1の時以来?」
「いや…前に観た時より笑ったよ」
「ほんとに?」
「岬と一緒だったからかな」
三宅は腕時計を見た。
「じゃ、俺行くね」
「うん。送ってくれてありがとう」
出先からバーに向かった方が楽だったのに、三宅は岬をアパートまで送って行くと言ってきかなかったのだ。
「もし、森田が来たら居留守使って。出たらダメだよ」
「うん」
「多分、来ないとは思うけど…」
「どうして?」
「あ、いや…なんとなく…そんな気がするだけ」
三宅はそう言うと、じっと岬を見つめた。
どちらからともなく、顔を寄せて、唇を重ねた。
唇を離して、額を合わせる。
「…行ってきます」
「行ってらっしゃい」
岬は、なぜかドアを開けた三宅の後ろ姿が急に愛しくなって、呼び止めた。
「健ちゃん」
「ん?」
振り向いて髪をかきあげる。
「早く…帰って来てね」
「うん」
三宅は不安げな岬の顔を見ると、首を伸ばしてもう一度チュッ…とキスをした。
「なるべく早く帰って来るよ」
上目遣いで、静かに言った。
不安げな岬をひとりアパートに残して行くのは可愛そうだと思ったが、今夜は出かけないわけには行かなかった。
仕事の休憩中に、森田と会う約束をしていたからだ。
その時に例のリストを渡すと言ったから、恐らく森田がアパートに来ることはないはずだ。
岬に手を出すことはないだろう。
「…大丈夫」
三宅は自分に言い聞かせるように呟いて、勤め先のバーに向かった。
雨がパラパラ降り出していた。