※夏の終わりのデートでおま。条の日焼けは、ほどよい設定でお願いします
主顧問の先生が体調を崩したこともあり、学校での練習はもちろん、合宿や地方遠征にも全部私が付き添った。瀬名さんにも、すごく助けられた。
無事、去年に引き続き全国優勝できて、ホッと一息、と思ったらもう二学期が始まる。
夏休み最後の日、条くんに誘われて、食事に行った。
時々条くんと来る川沿いのイタリアンのお店。先に着いて、「条です」って言うと、オープンテラスの予約席に案内された。
日が落ちた後は、川風が気持ちいい。
しばらくすると、条くんが来た。
ノータイの白シャツを第2ボタンまで開けて、腕まくりをしている。黒の細身のスラックス。磨かれた革靴。ジャケットを腕にかけて、足早にこっちに来る。
髪が川風に揺れる。
コンパクトなシルエットがかっこよくて、思わず見惚れた。
台風の日以来、久しぶりのデート。
「ごめん。待った?」
「ううん。今来たとこ」
条くんが腕時計を見る。時間きっかり。
「急に出張入ってさ」
「そうなんだ」
それでもちゃんと間に合ってる。さすが条くんだな。
条くんは綺麗に折りたたんだハンカチを取り出して、顔の汗を拭った。水を持って来てくれたスタッフにありがとうと言って微笑んだ。
「久しぶりだな」
「うん」
私たちはスパークリングワインで乾杯をして、お互いの夏を報告し合った。
久しぶりに条くんに会って、ちょっとハイになった。
お酒もいつもよりたくさん飲んだ。条くんとふたりなら、多少飲み過ぎたって安心だから。
メインディッシュを食べ終えた頃には、いい感じに酔いが回ってきた。
「夏休みなのに、条くんといた時間より、瀬名さんといた時間の方が長いとかって…変な感じだよね?」
酔っていたから、あまり何も考えずに、素直に思ったことが口から出た。
「そうだな」
条くんが素っ気なく言って、グラスに口をつけた。
「合宿にも行ったの?あいつ」
「うん。全部付いて来てくれたよ。合宿も地方遠征も」
「主顧問の先生はいなかったんだろ?」
「うん。だから助かった」
「ふたりだったんだ」
「え?」
「大人は、桜とあいつだけだったってこと」
「そうだよ?」
「…ふぅん…」
「親切な人だよね。自分の仕事だってあるのに。まあ、生徒があれだけ頑張ってたら、ほっとけなくなる気持ちはわかるけどね」
うん。瀬名さん、いい人だ。
条くんが、ジッと私を見た。
「なに?」
「…べつに」
フイと目を逸らして、条くんのお皿に残った付け合わせのアスパラを指した。
「いる?」
「ああ!…うん…いい?」
私はパクっとアスパラを口に入れて、思い出し笑いをした。
「ふふっ」
「なに?」
条くんがつられて微笑みながら、通りかかったスタッフに空いたお皿をさげてデザートを持って来てくれと頼んだ。
それから、私の方に向きなおり、
「何思い出したの?」
って微笑んだ。
私はアスパラを咀嚼してから言った。
「うん。瀬名さんもね、野菜が苦手。条くんと一緒。遠征先のホテルでね、バイキングだったんだけど、肉、肉、肉…ってすごいの。バーッて並んで、野菜食べなきゃダメですよって言ったら、なんか色々子供みたいな言い訳して…」
それがちょっと条くんっぽかった。条くんも、大人の色気ダダ漏れかと思いきや、子供みたいに可愛くなるときがある。
一緒にいた時間は瀬名さんの方が長かったけど、私は瀬名さんを見て、条くんのことばかり思い出してたんだ。
「へーぇ…。あいつの嗜好なんてぜんっぜん興味無いけど」
「あ…えっと…」
しまった。
「…そうだよね…」
瀬名さんの話ばかり…してるかな?私。
「関係…ないもんね。条くんには」
「関係なくは、ないけど」
「え?」
どういう意味?
「あいかわらずガード緩いな」
「は、はい?」
「お前、狙われてるよ。瀬名に」
「え⁇」
「『え⁇』じゃねーよ。こっちが『え⁇』だよ」
「それは、ないと思うよ?」
「なんで?」
「だって瀬名さんは私が条くんと付き合ってること知ってるし…そりゃ…あの…昔は…私に気があったかもしれないけど、あの…『諦める』って面と向かって宣言されたし」
「信じたの?それ」
「え⁇だって…。じゃ、瀬名さんが嘘ついたってこと?」
「嘘はついてないかもしれないけどさ」
「でしょ?」
「でも『諦める』って宣言したら、諦められるってもんでもないだろ?」
…たしかに。
条くんの言うことは、いつも的を射ている。
条くんの後ろに黒い川が流れている。
川風に揺れる条くんの髪。いい色に日焼けした肌と白いシャツのコントラスト。なんだかほんとにイタリアにでもいるみたいに、条くんの周りだけ、絵になってる。