ああ~。覚えなきゃなー。でも…
「ねみっ…」
あくびが出た。
「眠そうだな、健」
隣から剛の声。
「うん…。セリフ覚えてたからさ」
「お前まだ覚えてないの⁈帰ったら稽古始まんだろ?」
「テヘッ」
「テヘッじゃねーよ。女の子アンアン言わせてる暇あったら、セリフ覚えろよ」
えっ⁈い、今、なんて?
「聞こえてたぞー夕べー」
剛がニヤリとして、突然切ない顔作って、
「…ああん、健ちゃん…!…すごい…!」
って腰を振った。
マジかっ⁇
確かに隣は剛の部屋だったけど…。いやいや、これは剛の罠だ!ハマっちゃいけない。ハマっちゃ!
「は…はあ⁈…何言ってんのお前」
ハハッて笑ったら、
「え?なになに?どうしたの?」
って岡田が後ろの座席から顔をのぞかせた。
「こいつさー、夕べ俺らとメシ行かなかったじゃん」
「うん」
「したらさー、部屋に女連れ込んでんの」
「ええっ⁈」
「連れ込んでないよ‼︎」
まったく何言い出すんだよー剛は。バレてない、バレてない。絶対バレてない。しっぽ出すなよ、俺。
「なんだ、健くん、そうだったんだー。セリフ覚えるからって言ってたじゃん」
「だろー?なのに、隣から、…あん…ダメ…健ちゃん!とか聞こえてくんだぜ?」
「え?日本語?外国人じゃないの?」
「なんでだよっ!」
俺は思わず突っ込む。
「剛!お前、ないことないことゆーなよ!」
「あることあること言ってんだよ」
「二人ともさー、それを言うなら、あることないこと、でしょ?」
「「わかってんだよ‼︎」」
俺と剛は同時に岡田に突っ込む。
「もう、俺セリフ覚えるから、あっちいけよ!剛!」
「おまえらうるせーぞー」
と坂本くん。
「なに?健がどうかしたの?」
ってイノッチ。
「こいつ、夕べさー…」
俺は、慌てて後ろから剛の口を手で塞ぐ。
「もういいってば!剛」
「なになに?」
「なんでもない!なんでもない!」
やっべー。これ、ほんとにバレてんじゃね?声は確かに出てたけど、そんな壁薄いのかなー?
俺は剛を追い払って、台本に向かう。集中!集中!でもすぐに睡魔が襲ってきて…。
気がつけば、俺は剛の肩に頭を載せて爆睡していた。
やべっ‼︎あれっ?台本は?
剛が台本を読んでいる。
「あ!勝手に読むなよ!」
「爆睡しといて、お前何言ってんだよ」
「なんで、隣に座ってんだよ」
「はあ?元々俺の席なんだよっ!俺の肩でさっきまでよだれたらしてたヤツが何言ってんだよ」
俺は台本を取り戻す。
「いいから、あっちいけよ!」
「ちょっとは覚えたのかよ?」
「もうほとんど覚えてんだって」
「そうなんだ。じゃあ…」
剛が台本を奪って、相手役のセリフを語り出した。
しばらく、会話が続いて…やがて訪れる沈黙。
「お前だよっ!」
って剛。
「俺⁈…あ!そっか、そっか。ああ、わかった!思い出した!」
剛とセリフを合わせるうちに、ミオちゃんと過ごした時間が遠のいていく。
浜辺に浮かんだ月。寄せては返す波。潮の匂いを運ぶ風。
黒髪のショートボブ。ターコイズのピアス。
ああ…ミオちゃんが月みたいに遠ざかっていく。
沈黙の後で、剛と目が合う。
「…あ、また俺?」
「覚えてねーじゃん」
剛が呆れて台本を投げ出した。
まあ…もうしばらく…余韻に浸っててもいいかな…。
どうせ飛行機が日本に着いたら、慌ただしいアイドルとしての日常が待ってんだ。
俺は座り直して腕を組み、再び瞼を閉じた。
fin.