わかってたよ最初から。こうなることは。
俺はバーのカウンターに肘をついて、ピーナッツの殻を剥いている。
白いワイシャツに黒のネクタイ。桜にもらった赤い北一硝子のネクタイピンがルビーみたいに光っている。
シルバーの腕時計の針は8時を指している。
隣で健が俺が剥いたピーナッツを摘んで食べながら赤い顔して宝と話している。
桜とよりを戻した経緯を聞かせろとか言って、健のやつ、さっきからPの話ばっかしてる。
井ノ原校長とPTAの活動を盛り上げる秘策を検討中だとか言って。また何を思いついたんだか。
健に捕まらなきゃ桜と会えたんじゃないか?
…とか言って、月曜からデートはないか。
俺はクッとウィスキーのグラスをあおる。
「ということでさ、5月のPTA総会の後、空けといて」
健が俺を振り向く。
「は?総会の後?」
グラスを置いて、眉をひそめる。
「うん。Pの人達と飲み会するから」
「マジで?土曜の晩だろ?」
「なに?デート?あ、そっか。条、上野さんとより戻したんだもんな」
パンっと健が大袈裟に手を合わせて、
「悪い!デートは金曜の夜か日曜日でお願いしやす!」
と俺を上目遣いで見た。
「嫌だよ。Pと飲み会とか。それ仕事じゃねーだろ?」
「懇親会、懇親会。俺たちサービス業だろ?」
って俺の肩を抱く。
「いや、だったらさ、そういうのはPの担当の先生たちでやってよ」
「だって、お前ら来ないとPの人達喜ばないだろ?」
「健がいるじゃん」
「いやいや、俺だけじゃ足りないでしょ?条担、宝担の人はどうするの?」
「なんだよそれっ」
「だいいち、お前らいないと俺が楽しくないだろ?」
「知らねーよっ!」
「あ!条!」
いきなり肩をパシッと叩いて俺を指差す。
「なんだよっ」
「上野さんとより戻せたのは誰のおかげだ⁈」
「お前のおかげじゃねーよっ」
「嘘つけ!俺がセッティングした花見のおかげだろ⁈」
「違うよ!」
「じゃあどうやってより戻したんだよっ」
「いいだろ。どうだって」
「やっぱり花見がきっかけなんだろ?」
「花見は花見でもお前がセッティングした花見じゃないよ」
「え?じゃ、どの花見?ふたりで花見行ったの?」
「行ってねーよ。だからぁ、あの花見の晩、たまたま上野が俺ん家の近くの公園でダンス部の人達と花見してたんだって」
「え?昼も夜も花見?ってか、お前そこに混ざったの?」
「なわけねーだろ!たまたま!たまたま近くのコンビニで出くわしたの」
「で?」
「『で?』」
「で、どうしたんだよ」
「……」
ったく…。子供みたいに好奇心丸出しで、目キラキラさせやがって。
「もういいじゃん」
ってそっぽを向くと、健が
「そこまで言ってそれはないだろ?」
って俺の肘を掴んで揺さぶった。
「条くん」
ずっと黙って飲んでいた宝が頬杖をついて首を傾げて、俺たちを見る。
「話してあげなよ。健くんは条くんの幸せを聞きたいんだから。ね?健くん」
って健に向かって甘く微笑んだ。