坂道の途中でカップルたちが寄り添って夜景を眺めている。
私は、その人たちの背後を横切り、坂を登ってくるカップルたちとすれ違いながら、坂を駆け下りた。
会いたい。
会いたい。
条くんに会いたい。
久しぶりに思い出してしまったあの忌まわしい記憶。暴力的なの手の感触。
瀬名さんは、普通に肩を掴んだだけなのに…。
ハアハア息を切らして私は走る。
キラキラ光る夜景が流れていく。
条くん。
条くん。
条くんに、会いたい。
この街の灯りが、流れ星だったら、きっと私は祈ってるだろう。
どうか、今、条くんに会わせてください、と。
そんなふうに思って駆けていたからか、立ち止まって夜景を眺めている人の中に、ふと条くんのようなシルエットの人とすれ違った気がした。
まさか。そんなはずはない。
とは思ったけど、つい、足が止まった。
肩で息をしながら、ゆっくり、その人の方を振り向いた。
ハアハア…。
唇の端についた髪の毛を指で払って、小柄なその人の後ろ姿をじっと見つめる。
長袖のシャツの上に半袖のTシャツを重ね着して、チノパンを履き、ポケットに手を突っ込んで夜景を眺めている。
ドキッとした。
すごく似てるけど、パーマじゃない。
でも、髪型は変わってるかもしれなし…いや、だとしても、まさかそんな偶然あるわけない。
確かめたくて、一歩近づいた。少し顔が見える角度まで行ってみよう。
ドキドキする。
ゴクリと唾を飲み込んで、もう一歩踏み出そうとしたとき、
ふいに、その人が振り向いた。と同時に、彼の後ろから風が吹いて、彼は咄嗟に髪を抑えて、ふと目を上げた。
そのキラキラした瞳に、私は捕まった。
「…あ…」
たった一言の、その声に胸が震えた。
「…桜…?」
条くんの後ろに宝石箱をひっくり返したような夜景が広がっていた。