※本日2話めの更新です。
まだの方は、
からどうぞ。
主顧問の先生の知り合いで、プロのダンサーの瀬名さんという男性が、夏休みの間だけ集中的に指導に来てくれていた。
そんなわけで、私と瀬名さんはほぼ毎日一緒に仕事をしていた。
瀬名さんは、最初は少し怖いというかとっつきにくかったけど、慣れてくると、意外に気さくで、優しい人だとわかった。
生徒に対しては、飴と鞭を上手に使ってクールに熱く指導するところが、素敵だと思った。
それから、時々ふたりで食事に行くようになった。
静かに話す声が、条くんみたいで耳に心地よかった。
でも、私はまだ条くんを忘れられなかったし、瀬名さんも控えめな人だったから、食事以上の進展はなくて…
夏休みが終わり、9月になって、瀬名さんの指導期間は終わってしまった。
北海道へ修学旅行に行ったのが10月だから、条くんと別れてからもうすぐ一年が経とうとしていた。
もし、瀬名さんとなんらかの進展があれば、今頃もう少し条くんのことを忘れられていたかもしれない。
そんなことを思っていた矢先、瀬名さんから連絡があった。
食事の誘いだった。
いつものように、専らダンスの話をして、食事をして…帰りは車で送ってもらった。
「少し遠回りしようか」って瀬名さんは夜景の見えるデートスポットまで走らせて、そこで車を止めた。
辺りには同じように夜景を見に来たカップルの車が何台か止まっていた。
運転席の瀬名さんが、少し黙り込んだ。
それから、
「桜ちゃん…」
と助手席の私を見た。
なんとなく、そんな雰囲気になりそうだった。
この空気を遮るべきか、あるいはいっそ受け入れてしまうべきか、私は迷った。
条くんが千帆さんや桃ちゃんと家族のように仲良く暮らしていることは、聡美さんから聞いて、知っていた。
いずれ、ほんとの家族になる日が来るだろう。そのときのショックが、少しは和らぐかもしれない。瀬名さんといたら…。
ひょっとしたら、忘れさせてくれるかもしれない。瀬名さんが…条くんのことを。
優しいし、真面目だし…いい人だと、思う。
瀬名さんが、思いつめた表情で私を見つめる。
「…桜ちゃん…俺…」
少し条くんに似てる声…。
「…桜ちゃんが、好きだ…」
トクン…と鼓動が鳴った。
久しぶりに、誰かに好きだと言われた…。
「…桜…」
いきなり呼び捨てにされて、ドキッとした。
「…って、呼びたいんだけど…いいかな?」
瀬名さんが上目遣いで私を見る。
条くん以外の人が、私を桜と呼ぶ。
条くんではなく、瀬名さんの声に
私は慣れることができるんだろうか…いつの日か…。