そう言って、枕に顔を埋めた千帆の髪を撫でて、その背中を唇で慰めた。
「ちぃ…」
千帆を呼んで、こっちを向かせる。
仰向けになった千帆が俺を見上げる。
寂しげな瞳は、きっと、持って生まれたものなんだろう。でなきゃ、俺の愛が足りないって話になる。
あるいは、埋められない千帆の寂しさは、死に向き合う人特有のものなのか。
一緒に生きることはできても、一緒に死ぬことはできない。
死ぬときは、ひとりだ。誰だって。
「人は、求め合ったり、与え合ったりするもんなんじゃないかな…」
千帆の濡れた深い瞳に、俺が映っている。
「少なくとも、俺とお前の間で、与えるだけとか、求めるだけとか、そんなのは、あり得ない」
今、お前が俺を見てるように、俺がお前を見てるように、愛は双方向じゃないと、成り立たない。
その晩、俺は夢を見た。
何もない深い闇に俺と千帆が浮かんでいた。
俺の体から光の矢が千帆に向かって伸びていき、千帆の体からも、光の矢が俺に向かって伸びていた。
やがて光の矢が互いの胸に突き刺さって、引き合って、俺たちは抱き合った。
抱き合っているうちに千帆の体は光そのものになった。細かい光の粒子が集まってできた千帆の体は、やがて、崩れるように一粒一粒闇に散らばっていった。
俺は焦って、光の粒を掻き集める。
でも、俺が手にしたとたん、光の粒は、手のひらでぼうっと光って、そして消えた。
俺の手にあるのは無だ。何もない闇だ。
そんなふうに、次から次へと掴んだ光が消えていき…
とうとう、最後の一粒が、俺の手の中で明滅して、そして消えた。
辺りは全て闇に包まれ、どこからか線香の煙が白く闇の中を漂い始めた。
黒いスーツを着た俺が身じろぎもせず立っている。俺の隣で、健が泣いている。
…どっかで…見たことがある。
あれは…
佐倉が死んだときの光景だ。
そこで、ふいに目が覚めて、俺はガバッと飛び起きた。
「条くん?」
千帆も体を起こして俺を見た。
「大丈夫?怖い夢でも見たの?」
怖い…夢?
ああ、そうだ。
俺は手のひらを見つめる。
この上で、千帆のかけらが消えた。
千帆が…全部…。
そして…佐倉を失ったときの痛み…。
鼓動が早鐘を打つ。脂汗がじわっと噴き出す。
「条くん…大丈夫?」
「ああ…」
俺は手のひらを胸に当てる。
やべぇ…。
心臓がバクバク言ってる…。
俺は千帆の顔を見つめる。
ふいに、千帆が手を伸ばして、俺を抱き寄せた。
「条くん…」
華奢な千帆が俺を抱き締める。
トクトクトク…。
早くも遅くもない、規則正しい千帆の鼓動。
千帆が優しく俺の頭を撫でる。ゆっくり、何度も…。
涙が出そうだった。