俺は男にもたれて、泣いた。
「俺…やらかした…。口輪に革紐つけるの忘れちゃったんだよ…」
「革紐?」
「革紐がなきゃ、羊に口輪をはめさせられない…。王子さまの花、食われちゃうよ。ああ…マジでやらかした…」
俺の知らない羊が(俺が描いた箱の中の羊を本当に見ることができたのは王子さまだけだった)、俺の知らない花を食ったかどうか。
そんな、俺には直接関係無いことが、こんなに大事なことになるなんて、不思議だ。
だけど、実際、
どこかの羊が
どこかの花を
食ったか食わなかったかで、
この世界にあるものが
何もかも違ってくるんだ。
「ああ…だけど、王子さまは今度は花から逃げたりしない。だから、口輪がつけられなかったら、ちゃんと覆いガラスをかけたり、柵を作ったりして、花を守るだろう…」
男は俺のわけのわからない話を、ただ黙って聞いてくれていた。
しばらくして、俺はようやく落ち着きを取り戻した。
諦めがついたわけでも、悲しみが去ったわけでもなかったけれど。
ずっと黙っていた男は、俺の肩から手を離すと、
「じゃあ…」
と口を開いた。
「君が帰ったあとも、俺、時々ここに来るよ」
「え?」
男は、手振りを交えながらこう言った。
「それで、もし、その時に万一、君の…その…王子さま?…って人を見かけたら、君に手紙を書くよ。『君の王子さまが帰って来たよ』って」
俺はポカンとして男を見つめた。
「…マジ?」
「うん」
男は優しく微笑んだ。
男は王子さまを知らない。そして、俺のことも、会ったばかりで何も知らない。
それなのに、俺を慰めようとしてそんなことを言う男の気持ちが嬉しかった。
「だからさ、王子さまに会ったときに、あ。この人だ!ってわかるように、似顔絵を描いてくれない?」
「王子さまの?」
「うん」
「いいけど…」
「じゃ、戻ろう。うちのテントで王子さまの絵を描いてよ。美味しいコーヒー淹れるからさ」
そう言うと、男は立ち上がって俺に手を差し伸べた。俺はその手を握った。
「行こう」
男に引っ張られて俺は立ち上がった。
砂漠の上には、満天の星空が広がっていた。
そのどこかで王子さまが笑っている。
大好きな花を眺めながら。
『僕は、あの星の中の一つに住むんだ。その一つの星の中で笑ってんだ。君が夜、星を見上げたら、星がみんな笑ってるように見えるだろうね。
したらさー、君だって星を見ると笑いたくなるよ。
だって、僕が笑ってんだもん』
fin.