「あの星のどっかにさ…王子さまの大好きな花が咲いてんだ」
そう言って、チラッと王子さまを見ると、王子さまは少し照れた顔をして、うん、と答えた。
「綺麗なバラの花なんだ」
「なるほど。トゲがある。でもバラなら地球にだってあるぜ?」
「うん。知ってる。でもやっぱり特別なんだよな。僕のバラは。なんでだと思う?」
「色が珍しい…とか?」
王子さまはフッと笑って首を横に振った。
「バラが初めて蕾を開いたときの感動を今も覚えてる。めちゃくちゃ綺麗で、めちゃくちゃ嬉しかった。バラが咲いたことが。それから、世話をしてるうちに、あのバラは僕のものになったんだ」
「へーぇ」
「でも、バラは綺麗なのを鼻にかけてさ」
「花が鼻にかけてんだ」
「洒落じゃないって」
王子さまは眉尻を下げて笑うと、言葉を継いだ。
「あれこれ僕に注文をつけ始めたんだ」
「注文?」
「やれ朝は一番に水をくれだの、夕方には覆いガラスをかけてくれだの」
「いいじゃん。世話してやれば。好きなんだろ?」
「そうなんだよ。僕は好きだった。本当に。だけど、花はそんなふうにして僕に色々求めてきて…だんだん僕は、花に僕の愛を試されてるような気がしてきたんだ。
花がなんでもなく言ったことを僕はまじめに受けて、落ち込んだり、傷ついたりして…」
「わかるような…気がするよ」
俺は、花は育てたことはなかったけど、王子さまの言うことは、なんとなくわかった。…花と女って似てるんだな。
「僕はあの花の言うことなんか受け流してりゃよかったんだ。花は眺めるもんだよ。匂いを嗅ぐもんじゃん?」
王子さまは片眉を上げて俺を見た。
「あの花は僕の星をいい匂いにしてたけど…僕は少しも楽しくなかった…。
花に求められたことを、素直な気持ちでやってあげようとは思えなくなった。だって、花は、僕がどれだけ花を愛しているか試したかっただけなんだ…」
「…ほんとにそうかな?」
俺には、なんとなく花の気持ちがわかるような気がした。
「花も…王子さまのこと好きだったんじゃないかな」
王子さまは、しばらく黙って何か考えていた。
それから、ふぅと息を吐いて、両手で顔を覆った。
「君の言う通りだよ。僕は…バカだった。僕はあの花のおかげで、いい匂いに包まれてた。明るい光の中にいた。だから、花から逃げたりしちゃダメだったんだ」
王子さまは顔から両手を離した。
「意地悪でずるそうに見えても、根は優しいんだってことを僕は汲み取るべきだったんだよな。でもさ、ほんとに天邪鬼なんだよ。花って。でも、だからこそ、花の言うことなんか、いちいちまじめに受け取らなきゃよかったんだ…。花はそこに咲いてるだけで、充分僕を幸せにしてくれていたのに…」
王子さまは顔を上げて、満天の星を眺めた。
俺もつられて星を見上げた。
あの星のどこかに、王子さまがほんとに愛する花が咲いてるんだ…。
昼間、俺が花を意地悪だなんて言ったもんだから、王子さまは腹を立てたんだ。いや、王子さまは俺の中に昔の自分を見たのかもしれない。
弱く、無邪気で、ほんとは優しい花のことを、ずるくて意地悪な花だと思って、花の心をわかってやれなかった昔の自分を。