俺は学校へ向かう最後の急な坂道を登りきって、職員玄関前に自転車を止めた。
黒く佇む校舎を見上げると、校長室にだけ、まだ灯りがついていた。
息を切らして真っ暗な階段を駆け上がり、条件部屋に入って電気をつけた。
パチン。
「あったあった!」
携帯は俺の机の上に置きっぱなしになっていた。
さっそくゆかりに電話をかけて、遅くなることを伝えた。ヘルパーさんは俺が帰宅するまでいてくれるらしい。
「ごめんね」
「ううん。大丈夫。もう熱もないし、食欲出てきたから」
「そうなんだ。なんか買ってくよ。欲しいもんある?何が欲しい?」
俺は電話をしながら、部屋の電気を切って真っ暗な廊下に出た。
バタン、とドアを閉めて、少し腰を落として片手で鍵をかける。
ゆかりが何か言ったけど、聞き取れなかった。
「え?なに?何が欲しいって?俺?」
「え?」
「俺が欲しいって言った?」
「言ってない!そんなことっ///」
「あ、そう。言ってないか」
って照れ笑いする。いや、わかってたけどさ。
カチャッ。鍵がかかった。
「言ってません」
「じゃ、心の声が聞こえちゃったか」
って笑いながら、鍵をポケットにしまって振り向いたら…
「うーわっ⁈」
目の前にひとりの生徒が立っていた。
長い黒髪の大人しそうな子だった。見たことがないから、3年じゃない。1年か?
「あの…あたし…」
ってその子がおずおずと口を開いた。
「どうして…ここにいるんですか?」
それはこっちのセリフだよっ‼︎
「健ちゃん?」
ってゆかりの声がして、
「ああ、ごめん!いや、なんでもない。ちょっと…またあとで。いったん切るよ。いい?」
「うん」
「もしかしたら、ちょっと遅くなるかも」
「うん。大丈夫だから。ムリしないで」
「ありがとう。じゃ」
通話を切って、その生徒を見る。
「なにやってんの⁇いったい。こんな時間まで。団の練習?とっくに下校時間過ぎてるだろ。ルール違反は減点だよ減点。何団なの?」
「え?」
「赤?黄?緑?…え?まさか桃団じゃないよね」
彼女は黙って首をかしげる。
「とにかく、早く帰んなきゃ。家の人心配するよ?何年何組?」
「あ。1年5組です」
「え⁇じゃあ桃団じゃん!あとで滝沢団長に怒られるよ?はい、帰った帰った」
って彼女を急き立てて一緒に階段を降りた。
「なにやってたの?ほんとに」
「…あの…わかりません」
って涙声になる。
「はい?わからないって何?どういうこと?」
彼女が踊り場で立ち止まって、
「どうやってここに来たか、どうしてここにいるのか…わからないんです!」
って両手で顔を覆った。
俺は呆然と、泣き出した彼女を見る。
そして、ピンと来た。
「君、さっき1年5組だって言ったけど…担任誰?」
「…安田先生です」
やっぱり。
1年5組の担任は、堂本先生だ。
ってことは、例の、あの子か?たしかに制服はうちの制服だけど…。
「君、いったい、どこの学校の1年5組?うちの生徒じゃないよね?」