渡殿の方へ歩き出す源氏の後を、中将がついてくる。
そういえば、後を歩く中将はあの庭の朝顔のようにきれいな紫苑の着物を着ていたなぁ。
源氏は振り向こうとして、はたと背中に注がれる六条の御息所の視線に気づく。
口では早く帰れと言っておきながら、熱く絡みつくような視線が、源氏に追いすがってくる。
その視線が、目に見えない朽ち縄のように源氏を縛る。源氏は、息苦しさを覚えて、その視線を断ち切るように、急に振り返った。
そして、中将の肘を掴んで御殿の隅に引き込むと、壁に手をついて中将を見つめた。
「きれいな朝顔に目移りしちゃうな。手折らずには帰れないんだけど。どうしようか?」
と言って歌を詠みかけた。
中将は慣れたもので、
「あら。朝霧が晴れるのも待たずにお帰りになるお方が、朝顔に心を止めるとは思えませんわ。」
と言って歌を返し、源氏の腕の下をくぐり抜けた。
そして、控えていた少年を呼んで、朝顔の花を摘みに行かせた。
少年が指貫袴の裾を朝露に濡らしながら、庭から一輪の朝顔を摘んできた。
「どうしても手折らずには帰れないとおっしゃるのなら…さぁ、どうぞ」
中将が澄ました顔で朝顔を差し出す。
源氏はやられたな、と笑いながら、
「どうも」
と言って朝顔の花を受け取ると、中将を上目遣いで見ながら、それにくちづけた。
唇に触れる、薄く頼りない花弁…。
源氏は、ふいに先日手折った夕顔の女を思い出した。