先生の口から、突然、奥さんという言葉が出てきて動揺した。
学校では、ほとんどプライベートな話はしないし、健ちゃん先生は結婚してるってことを忘れちゃうくらい、いつも、若くてかっこよくて、可愛くて…だから…。
「それは…奥さんに遠慮してるってことですか?」
「そうじゃない」
って先生がきっぱりと言った。
「俺は、うちの奥さんが、いつか自分の足で立ったり歩いたり…もしくは踊ったりできるようになるんなら、そのときまで、他の女の人と踊ったりしたくないんだ。ゆかりがどう思うかとかじゃなくて、俺が…」
って先生が胸に手を当てて、わかる?って感じで眉を上げた。
「俺が、そうしたくないんだよ」
なぜ、今ここで、私にそんなにまで奥さんへの愛情を示す必要があるんだろうか…と、悲しくなる。
「お前さ、前に『ただのファンになります』って言ったよな?重たくならない、俺に迷惑かけないって。なのに、まだそうやってストレートに俺に対して…」
先生の言葉を遮って、
「ファンが夢を見ちゃいけませんか?」
って言った。
「なんの夢だよ。こっちはアイドルじゃないんだから」
「私にとってはアイドルです」
はあ、と先生がため息をついた。
「生徒にとっても先生はアイドルです」
「だからなんだよ」
「生徒にはサービスするじゃないですか」
「そっちは仕事だろ?そりゃ、たしかに生徒の好意を利用して、こっち向かせることはあるよ?動機はどうあれ、勉強に向いてくれるのはいいことだからさ。でも生徒がけんちゃん先生♡ってキャーキャー言うのと…お前が…」
って先生が言葉を濁し、
「違うだろ。とにかく、生徒とお前じゃ」
って険しい顔をして、横を向いた。
「同じです」
「同じじゃない。お前にはサービスしない。何も期待するな」
「……」
「夢なんか見させねーよ」
胸が苦しい。パフェのアイスが目の前で溶けていく。
「…そんなこと…言われても…」
涙がこみ上げてくる。
「仕方ないじゃ…ないですか…」
夢を見させないと言われても
期待するなと言われても
「わかってますよ。先生が奥さんのことすごく大事にしてることも、先生が浮気なんてしない人だってことも、わかってますよ…っ!ぜんぶ、ぜんぶ…っ…頭では、わかってますよ!」
涙が溢れ出しそうになるのを必死で堪える。
「それでも好きなんだからしょうがないじゃないですか!」