天の羽衣 最終話 涙の川 | 上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

V6の三宅健と森田剛と岡田准一をイメージしたイケメン教師が、今どきの女子高校生たちと繰り広げる学園ドラマ。ドラマの進行の合間に出てくるけんちゃん先生の古典講義は勉強にもなる?

しかし、考えてみれば、男手をなくした母娘が、新たな婿を迎えずに、どうして食べていけるでしょう。



自分が一途に娘を思っていたように、娘もまた一途に自分を思ってくれていると信じ込んでいた…。

いや、たとえ心では一途に自分を慕ってくれていたとしても、娘は母と二人…止むに止まれず婿を迎えるであろうと、どうしてそこに思い至らなかったのか…。




ただ娘に会いたいという
自分の気持ちだけで一杯になり

娘への恋慕を募らせ

果ては天王という身分を捨てて
地上に降りて来てしまった…。


その浅はかさを、男は深く恥じ入りました。


今さら娘の前に現れたとて、娘を困惑させるだけだと、なぜ気がつかなかったのか…。



「すまぬ…」


男は情けなさに顔を赤くして、立ち上がりました。


新たな婿を迎えた娘の邪魔はできないと思いました。


男は、娘の方へ片手を差し出しました。



「今さら…のこのこ戻って来て…すまなかった。…その…羽衣を返してくれ」



すると、娘は羽衣を胸に抱きしめたまま、イヤイヤをするように首を振りました。




「イヤです…。返しません」




「しかし…」


男は戸惑い、さっき婿の声がした方に目をやりました。


草陰から、また婿が娘の名を呼びました。



「だれかいるのか?おいっ」



婿の声が近づき、男は焦って再び娘の方へ手を伸ばしました。



「はやく…っ。羽衣を。…婿殿に見つかってしまう」




「イヤです。返しませんっ!」



男は声を潜め、


「何を言っている…っ」


と、思い切って羽衣を掴んで引っ張りました。



すると、娘は難なく男の方に引き寄せられて、その胸にどん、とぶつかりました。


男は反射的に娘を抱きとめました。そうして、ふたりは見つめ合いました。


娘は潤んだ瞳で男を見上げ、


「返しません…っ…この羽衣も…そして…あなたも…っ!」


と言うと、わっと男の胸に顔を埋めました。



そのとき、ガサガサッと草葉が揺れる音がして、



「おいっ!」


と怒ったような声がしました。




男がハッとして振り向くと、



そこには、娘の叔父さんが立っていました。



婿だと思っていたのは、その昔、自分に親切にしてくれていた叔父さんだったのです。



叔父さんは、「あ…っ!」と驚きの声を上げると、抱き合うふたりをまじまじと見つめました。


男は我知らず娘を抱きしめていた手をパッと離して、赤面しました。


男が焦りながらも挨拶しようと口を開きかけたとたん、叔父さんは、


「む、婿殿が帰って来た!婿殿が帰って来たぞー‼︎」


と大声で叫び、踵を返すと村の方に向かって一目散に駆けて行きました。


男が「あ…」と言って、叔父さんの背中を見送っていると、娘が顔を上げて言いました。



「叔父さんの声をお忘れになったの?」



「いや…。あの…俺は…てっきり…」



「ひどいお方。私がおなた以外の婿をお迎えするわけありませんのに」



「いや…だって…」



「まだ私の愛を疑うのね」



「いや、違う!そういうわけではない!」



「じゃあ、どういうわけですの?」



「ど、どういうわけって…それは…つまり…」



問い詰められて、しどろもどろになる男を見て、娘はクスッと笑いました。



「とても天王様には見えませんわ」



顔を赤らめた男のなんと愛しいことよ…。



「もう…天王ではない」


男はそう言って首を横に振りました。



「ただの天人…いや、天人ですらない。俺は、もう…ただの男だ」



「あなた…」



男は、片眉を上げて、


「ただの男じゃ…物足りぬか?」


と言って、上目遣いで娘を見ました。



「…いいえ」


娘の目から涙が頬を伝いました。



むしろ、娘はそれを望んでいました。

男がただの男であったら、天に帰さずともよかったのに。ずっとそばにいれたのに。

何度、そう思ったかしれません。



男は羽衣を持つ娘の手に自分の手を重ねました。


「この羽衣はお前が預かっててくれ」



「あなた…」



それから伏せていた目を上げて、娘の顔を見つめました。



「一生…。…俺が、死ぬまで」



娘は胸がいっぱいで何も言うことができません。



「俺も、もう二度と、死ぬまで…お前を離さん」



そう言うと、目を閉じて、固く娘を抱き締めました。



「ずっと…お前のそばにいる。…いさせてくれ…っ」


娘は男の肩に顎を乗せ、泣きながら男の背中に腕を回し、ギュッとしがみつきました。



涙が後から後から溢れ出て、止まりませんでした。



男は泣いてばかりで何も言えない娘の頭を優しく撫で続けました。


それから、体を離すと、しゃくりあげる娘の涙をそっと指先で拭ってやりました。


拭っても拭っても溢れ出す涙を、今度は唇で優しく拭いてやりました。



娘の瞼に


目尻に


鼻先に


頬に


男の柔らかい唇が触れました。


「いいかげん…泣き止まないか…」


少し困ったように優しく笑いながら、最後は唇にくちづけました。


男の熱い舌が娘の唇を割りました。

男の接吻を受けながら、娘は、やはりとめどなく流れる涙をどうすることもできませんでした。



娘の涙も

流れる川も

天から射す朝日を受けて

キラキラと輝いていました。








※ご愛読ありがとうございました照れ