「揃っているとしたら…?」
弟は首を傾げました。
兄の方の問題ではなく、何か他の理由があって、兄は王になれない、ということか?
それはつまり…
既に自分という王がいるから?
まさか…いや…
「兄さんが王になるのは…」
「俺が王になるのは?」
「王である俺が、天上から消える時…?」
本当は今すぐにでも娘のもとへ飛んでいきたい。何もかも投げ出して、愛する人を思い切りこの胸に抱き締めたい。幾夜その衝動に苦しんできたか…。
たったひとりの愛する娘すら幸せにしてやれない自分が、天王として天を治めていることに、ずっと違和感を抱いていた…。
早々に兄に次期王の印が現れたことは、もしかしたら、そんな思いでいる自分にこの先、王は務まらないということの証なんじゃないか。
いったい…どうしたらいい?
「でも、もし、そうじゃなかったら?俺が今地上に降りて、それでも兄さんの胸の痣が消えなかったら…」
「まだ王でない俺が天を治めるか…」
「そんなことをしたら、災いが…っ」
しかし、兄は真っ直ぐに弟の目を見つめてこう言いました。
「災いなんて、古くからの言い伝えに過ぎない。そんなものに囚われるな」
弟は驚いて兄を見ました。
兄のその強い意志に満ちた眼差しこそ、王に相応しいものに思えました。
「さあ、どうする?自分を偽って、王であり続けるのか、それとも、自分に正直に生きるか?
確かに、お前がいなくなっても、俺の胸の痣が消えるとは限らない。その場合は、災いがもたらされることがあるかもしれない」
「兄さん…」
「いいか?これは、賭けだ」
ふたりはじっと見つめ合いました。
「俺が王になる条件が、俺にあるのか、お前にあるのか」
弟はめまぐるしく考えました。
「選び取れ。天を背負っているのはもうお前ひとりじゃない。だが、今のところ、決めるのは王であるお前だ」
しばらく俯いて思案していた弟が、パッと顔を上げました。
本当は答えは最初から決まっていたのです。
そして、
「どう考えても、兄さんに欠けてるものは無いように思える。むしろ俺より兄さんの方が王に相応しい」
と言いました。
兄は力強く頷きました。そして、
「お前が出したその答えを信じろ」
と言うと、扉を開けました。
扉の外には四人の兄たちが並んで雲の上に立っていました。