「さて、宝先生、心の準備は?できてますか?」
宝がにやけるのを隠すように、腕組みして手で口を覆いながら俯く。
覚悟を決めたように、パッと顔をあげる。
「あ、ちょっと待ってください。放送席から何か…」
って生徒がテント下の放送席を見る。
「あ、ええっと…、ちょっと校長先生から物言いがついたそうで…え?…」
「相撲かよっ」
って宝がボソッと突っ込む。
放送席から走って来た生徒が校長の言葉を伝える。
「あ、今の条件のキスについてー、えー、ハグがなかったと、校長先生が…」
条「はーっ?ざけんなっ!んな話聞いてねーっ‼︎」
件「ゆってないゆってない」
宝「ハグ?」
校長がテント下で、抱き締めてキスのジェスチャーをする。
条「超キモいんだけど。なにやってんの?あのジジイ。ざけんなって。てめーがやれってハナシ」
宝「いや、喜んでやるでしょ」
件「やるやるあの人。嬉々としてやるから。ってか、俺、それはホントやなんだけど。セクパワハラだよ」
生徒たちから、
「もういっかい!もういっかい!」
ってコールが起きる。
条がマイクを奪って、
「もうやりません!…見てたでしょ?君たち」
って生徒たちを指さす。
「取り直し無しですか?」
条「無し無し!」
生徒「じゃあ、次、宝先生に…その…ハグ&チューをして頂くということで…」
宝「な~んでーっ」
条「はい。それでお願いします」
宝「条くん、ずるいよ!」
条「この男は、やるときゃやりますんで。皆さん、目を盆のようにして見て頂きたいと…」
件「皿だ皿!」
条「サラダ?」
件「さーらっ!」
俺は笑いながら条の頭をはたく。
再びキスコールが起こり、宝が揃えた指先を口のあたりにあてながら、うつむいて、大股で歩いてくる。
近くまで来て、立ち止まる。
俺と向かいあったと思ったら、くるっと俺に背を向ける。
次の瞬間、振り向きざま勢いよく俺に突進してきて…
力強く俺を抱き締めた。
びっくりして俺はとっさに逃げようとしたが、足首に痛みが走って動けない。
生徒たちのキャーキャー♡いう声がすごい。
俺は、顔を左右に振って、宝のキスを避ける。
「ちょっ…!こえーって!…あっ!」
俺は足をかばってバランスを失い、尻もちをついてそのまま宝に押し倒されるような格好になる。
グランドの真ん中で昼間っから男に押し倒される姿を衆目に晒す俺…最悪…。
こいつ、悪ノリし過ぎだバカッ!
しょうがないから、俺は首だけ起こして、目の前にある宝の唇に、自分から、チュッてキスをする。
どよめきと拍手が上がる。
宝が起き上がって、笑顔で、倒れてる俺に手を差し伸べる。
俺は宝の手をとって立ち上がる。
宝が俺のズボンの尻についた砂をパンパンって払ってくれる。
「ケツ触んなよっ!」
「砂払ってるだけだろー?」
温かい笑いと拍手が起きる。
はあ…。とにかく終わった。
まったく…。
打ち上げでビールおごってもらうだけじゃ割に合わないっての!
俺は放送席の校長にあっかんべーってする。
校長は満足そうに笑って拍手していた。