あたしと目が合って、恥ずかしそうに笑う。
汗をかいて赤い顔したけんちゃん先生は、いつもより若く見えるし、なんか、ちょっと、色っぽい…///
保健の先生より早く保健委員の女の子たちが駆け寄って、先生の手を引いて、テントの下に引き入れる。
「先生ー惜しかったねー!」
「超かっこよかったよ♡こけるまでは」
「うるさいよっ」
あたしをチラッと見る。なにか話したそう…。っていうか、あたしが、話したい。先生と。
でも…
「手当てしたげるー♡」
「いいよ。自分でするから」
「まあまあ。はい、座って!」
「遠慮しないで」
「してないっ」
「痛そー。膝擦りむいてるじゃん」
「いや、そこは唾つけときゃ治る」
「きゃー!つけていいの?」
「よくないっ!そこより、足首。なんか冷やすもんちょうだい」
羨ましい…と、思ってしまう。
先生に群がる女の子たちのイキイキとした動き。
今のあたしには、駆け寄って先生の腕を取ることも、まして先生の怪我の手当てをしてあげることもできない。
先生、大丈夫?痛いの?
カッコ良かったよ。
声が、かけられない…。
喉が乾く。お母さんがトイレに行っちゃったから、お茶を飲みたいけど、頼めない。
保健の先生が、クーラーボックスから氷を取り出してビニール袋に入れる。
先生はそれを受け取って、足首にあてる。
「捻挫?」
「いや、大丈夫です。ちょっと捻っただけ」
水筒出せるかな…。あたしは、自分で膝の上にある巾着をなんとか開けてみようと手をぎこちなく動かす。
もどかしい。
体操服姿の女の子たちは、あんなに自由に動けるのに、あたしは、自分の巾着を開けることすらできないなんて…。
体育祭なんか、来なければ良かった…。
肘をなんとか巾着の口に突っ込んで広げようとするけど、うまくいかない。
そのとき、すっと巾着に誰かの手が伸びてきた。
先生だった。
先生が座って片手で足首に氷をあてがいながら、もう片方の手で、あたしの巾着を掴んでいた。
「なに出すの?」
って片足をかばいながら、ジャンプするように立ち上がる。
氷の袋が地面に落ちる。
女の子たちがキョトンとした顔であたしたちを見る。
「開けていい?」
って先生が優しい眼差しをあたしに向ける。
女の子たちの好奇の目…。
突然、事故の記憶が鮮明に蘇る。
「いいじゃない。ゆかり、練習しなよ」
「でも、先生がいないから」
「電話でしょ?すぐ戻ってくるじゃん」
「ゆかりは寸暇を惜しんで練習しないと」
「そうだよ。ほぼ先生を独占してんだからさ。いい成績とってもらわないと割りに合わないんだよね。ほっとかれてるあたしたちとしては」
「早く飛び込みなよ」
「でも…」
「超まじめ~。見えてんじゃん。先生。平気だって」
誰からの電話だろう…。先生の微笑みを浮かべた穏やかな横顔。先生、早く戻って来て。
「ゆかり、後がつかえてんだからさ」
「ほら、早く早く」
飛び込みたくなかった。そんな気持ちで飛び込んだから…。
「ゆかり?」
あたしは、ハッとする。
「あ。…お茶…」
先生が巾着を開けて水筒を取り出す。蓋を開けて、ストローの先をあたしの口に持ってくる。
あたしは、ストローに吸いつこうとして、女の子たちの視線に気づく。
「先生…いい」
「え?」
「自分でするから」
「ああ…ごめん。はい」
あたしは先生が差し出した水筒を腕で抱え込んで、なんとか、ストローに吸い付く。
情けない…。この場から消えてしまいたい。
「あ~やだなぁ~」
って先生が顔に手をやって困った顔をする。
「最悪だよ、ほんと」
って言って、あたしをチラッと見る。
「喜んでんだろ?」
「え?」
「良かったじゃん。目的果たせて」
「あ。…罰ゲーム?」
「見に来た甲斐があったね」
って悪戯っぽく笑う。
「あ~もぉ~!ほんっとマジで無理なんだけど。ヤバいだろー。あ、言っとくけど、写メ禁止だからね?」
「え⁈あたし卒業生だよ。生徒じゃないし」
「ダメ!絶対ダメだよ。卒業生だろうが保護者だろうが、そこは校長も言うと思うよ?」
「えーっ?」
先生が笑って自分の目を指差して、
「目に焼き付けて。…んじゃ、行ってくる。マジ、リレーより緊張するわ」
って、足をかばいながら、またトラックに戻って行った。
あたしの気持ちは、先生のおかげで、少し浮上することができた。
ふふ…。楽しみ。条件のキス。