散逸構造は、自由エネルギーをできるだけ取り込んで、エントロピー増大則に飲み込まれないようにその構造(秩序)を維持しようとする。そのために取り込んだ以上のエントロピーを吐き出す。結果としては、効率的にエネルギーを均一化して、構造がない時より、エントロピーの効率的な増大に寄与する。

そういう意味では、散逸構造の意図を考えると、二つの考えが浮かぶ
①散逸構造をできるだけ維持する、すなわち動的平衡の状態をできるだけ維持するために、自由エネルギーを取り込む。この意図はエントロピーの増大ではなく、あくまでも自らの散逸構造を長く持続させるために、自らが行動するという考えである。生物が細胞分裂して、細胞の劣化(エントロピー増大)を防いで、その構造を保つのもこの考えに基づいているといえる。生き残ろうとする意志はダーウィンの進化論にも繋がる。その結果として大量のエントロピーが排出され、全体としては、エントロピーの増大が促進する。

②散逸構造を作ることにより、エネルギーの偏在を効率的に解消し、エントロピーを増大させる。

これは散逸構造(開放系)の意図というより、全体系(閉鎖系)の意図として、エントロピー増大を効率的に進めるために、散逸構造を利用しているともいえる。立場が変われば、①の真逆の意図が働くことがわかる。結果として、散逸構造が長期間維持されることになる。

 

生物は構造であり秩序である。その本質は①としたら、それは生きることの追求である。そのために手段を選ばないとしたら、他の生物から食物として自由エネルギーを奪いまた、必要以上に自由エネルギーを溜め込んで、できるだけ生きることのリスクや苦労を減らそうとする。前回書いたように、道具を使い石油やウランを採掘し、そのエネルギーで文明を作り、それらによって、自分で消費しきれない自由エネルギーを確保し、生殖するのに十分生きる時間を確保して、次の世代に命を繋ぐ。それによって人類を含めて生物は数十億年も繁栄して、散逸構造を確保しつづけた。この意志はまさに「煩悩」ではないか。生きる上で、できるだけ自由エネルギーを効率的に取得して、エントロピー増大の法則に抗い続ける。それは、地球規模、太陽系規模では微小な規模であり、その規模に比例して、散財構造の寿命が決まるとしたら、それを何十億年も保つことは非常に難しいはずである。それをやり続けるには相当な工夫、情報収集、未来の予想などが必要であり、そのような能力を生物は獲得してきた。

 

生物が増殖するのは、それが最もエントロピーを散逸するのに効率がいいからである。そのように考えれば、生物の意図は②になる。それは死の追求になる。普段は代謝してその分自由エネルギーと取り込む。そして死を迎えればそれが他の生物の自由エネルギーになる(食物連鎖)。そう考えれば、生物はエントロピー排出マシンと位置付けられる。世の中が熱的死(涅槃)に向かうのを促す、それが生物の意図になる。

 

どちらで考えても結論は同じになるのは、生と死は同値であるということを表している。我々はネゲントロピー維持マシンであり、エントロピー排出マシンでもあるからだ。