「年初の抱負」は紀元前から行われていた

アメリカの科学誌『Popular Science』の2017年の記事によれば「年初に目標を立てる」という風習は、古代ローマ時代にまでさかのぼるそうです。

人類は紀元前から、「年初に目標を立てては失敗する」という“営み”を繰り返してきたのです。

これだけ科学技術が発達し、社会全体が高度に文明化されても、「目標達成は難しい」、言い換えれば「やる気を日常的に発動させていくことは難しい」と結論づけられるのかもしれません。

しかし、本当にそうでしょうか。「やりたがる脳」を手に入れることは、誰にとっても困難なことなのでしょうか。

世の中には、努力の末に成功をつかみとった人たちが存在します。彼らはきっと、「やる気を日常的に発動させていくこと」に長たけていたはずです。

たとえば、プロ野球のイチロー選手を思い浮かべてみてください。あなたは彼の業績を「イチローは“天才”だから」と片づけてはいませんか。

そもそも天才の定義って何でしょう。才能? 素質?

脳神経の専門家として言わせてもらうと、「大きな夢(ビジョン)を描き、そのために必要な全タスクを洗い出し、最短距離で達成できる人」。そんな人こそが“天才”です。

イチロー選手の才能は「地道な作業を続ける力」

イチロー選手は「生まれつき才能に恵まれた人」というよりもむしろ、「地道な作業(努力)を積み重ねてきた人」です。

誤解を恐れずに言うと、「地道な作業」を積み重ねることができれば、誰でも目標をかなえたり、夢に近づいたりすることができます。

「幼少期から野球の練習を続けていた」というイチロー選手の話は、有名です。なぜ彼が「続ける」ことができたのか。脳科学の見地から、考えてみましょう。

幼少期のイチロー少年が、練習中に「できた!」「うまくいった!」と感じた瞬間。その都度、脳では快楽物質「ドーパミン」(dopamine)が、報酬(ご褒美ほうび)として出ていたはずです。

人は何かをなしとげたとき、困難を克服したとき、つまり「成功体験」をしたとき、ドーパミンが出ることがわかっています。

くわしく言うと、「脳内のA10神経が刺激されてドーパミンが放出される」というメカニズムです。ドーパミンが出ると、心地よい状態になります。そして、脳は「またその状態になりたい」と思い、脳の中で、その行動にまつわる部位の働きを活性化させようとします。そのような傾向を「強化学習」(reinforcement learning)と呼びます。

イチロー少年の脳はドーパミンがドバドバ出ていた

脳が何度もドーパミンを出したがるのは、ドーパミンに依存性があるからです。強烈に気持ちがよいので、ドーパミンを出すことにとりつかれてしまうのです。もちろん、成功体験が得られるまでには、苦労や困難が伴うことが多いもの。

しかし、それらの困難を帳消しにしてしまうほど、ドーパミンが与えてくれる快楽は大きいのです。逆に言うと、成功体験をいったん体験して脳に刻み込めば、あとは脳がひとりでに強化学習をしてくれることになります。

イチロー少年の練習の様子を、もし横で観察していたとしたら、その姿は非常に苦しそうだったり、単調でつまらなそうに見えたりするかもしれません。

けれども、彼の頭の中では、おびただしい量のドーパミンが分泌されていたことは、間違いないのです。

簡単に言うと、このような成功者が、幼少時から意図せず行ってきたであろう脳の使い方を、今からうまく取り入れていくのが「ドーパミン・コントロール」です。

これまで国内外で、脳に関する多くの実験や研究が行われてきました。しかし、「やりたくない脳」を「やりたがる脳」に変えるには、ドーパミン・コントロールしかありません。

“唯一”にして“究極”のやる気を発動させる方法

ドーパミン・コントロールは、“唯一”にして“究極”のやる気を発動させる方法です。ここではその手法をわかりやすくお伝えします。ドーパミン・コントロールとは、3つのステップを1サイクルとして循環させ、それを繰り返すことでうまく習慣化していくこと。

ビジネス書を読むことが好きな人なら「PDCAサイクル」(PDCA cycle)という言葉をご存じかもしれません。

「PDCAサイクル」とは「Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Act(改善)」という4つのステップを1サイクルとして循環させ、それを繰り返すことで物事を継続的に改善していくことを言います。

私たち人間が、思考や行動のクセを変えようというとき、一度の取り組みで抜本的に変えることは、「ほぼ不可能」です。その理由は、前にも見たとおり「怠惰で省エネ型」という脳の性格に起因します。

脳の性質上、たった一度の指示で、完全に軌道修正するのは困難なのです。

初公開「ドーパミンを出すための具体的な手順」

ドーパミン・コントロールの具体的な方法は次のとおりです。

ステップ① 自己暗示をかける
ステップ② スモールステップに分ける
ステップ③ ドーパミンを分泌させる

この①~③のステップのサイクルを繰り返すことで、ドーパミン・コントロールを習慣として定着させられるようになります。これをドーパミン・サイクルと呼んでいます。

ステップ① 自己暗示をかける

ドーパミン・サイクルを、ステップごとに見ていきましょう。

まずは「ステップ① 自己暗示をかける」です。

ドーパミン・サイクルを循環させるきっかけとして、自己暗示(self suggestion)は極めて重要です。世界で初めて「自己暗示を治療にかした」と言い伝えられている、19世紀生まれのあるフランス人について、触れておきましょう。

彼の名は、エミール・クーエ。もとは薬局に薬剤師として勤めていましたが、あるお客さんに薬を売ったことがきっかけで暗示の威力に気づきます。そして薬剤師という安定した職をなげうち、心理療法での治療を始め、多くの心身の病気を治します。その理論と体系は、後に「クーエの暗示法」として世界中に広まりました。

彼に暗示の力を気づかせたのは、あるお客さんでした。そのお客さんがほしいという薬の期限は、たまたま切れていました。そこで、「効き目がないだろう」と判断したクーエは販売を断ります。

「薬ではなく、暗示が病気を治したのではないか」

しかし、そのお客さんはしつこく食い下がります。クーエは仕方なく、期限切れの薬を売りました。するとどうでしょう。後日、そのお客さんが「治りました」とお礼の挨拶あいさつにきたのです。

それからクーエは、「薬そのものの効果ではなく、『治るはず!』という強い思い(暗示)が、病気を治したのではないか」と考えるようになります。

このエピソードから「偽薬効果(プラシーボ効果、プラセボ効果)」(placebo effect)という言葉を連想される方も多いかもしれません。偽薬効果とは、ニセの薬を処方しても「薬」と信じることで、症状に何らかの改善が見られる現象のことです。

偽薬効果という言葉が広まったのは20世紀。1955年、アメリカ・ハーバード大学医学部の麻酔科医、ヘンリー・ビーチャー氏が『JAMA』(米国医師会雑誌)に「強力なプラセボ(The Powerful Placebo)」という有名な論文を発表しました。

手術後の疼痛とうつう、せき、頭痛、不安、かぜなどさまざまな症状に対して、なんと21~58%もの偽薬効果が認められています。

ポジティブな暗示をかける「魔法の言葉」

ところで、クーエの暗示法とはいったいどのようなものだったのでしょうか。その方法は短いワンフレーズに凝縮されています。

「私は毎日あらゆる面でますますよくなっている」(Day by day, in every way, I'm getting better and better.)

この言葉を、繰り返し唱えるスタイルが、クーエの暗示法の真髄です。

大事なことは、起床後や、就寝前などのリラックスしたときに、約20回、この魔法の言葉を実際に声に出して繰り返すこと。その理由を脳科学的に説明すると、次のようなことになるでしょう。

リラックスした状態ほど、脳に言葉を浸透させやすいから。また、言葉を耳で聞くことで、「聴覚」に働きかけ、脳に強烈に刻み込むことができるからです。

クーエは、次のような心強い言葉も残してくれています。

「あなたが何かを行うとき、『簡単にできる』と自分自身に言い聞かせなさい。そうすれば、それは本当に簡単になる」

暗示法の始祖、クーエから、私たちが学べることは大きいと言わねばなりません。

ドーパミン・コントロールを実践していくときは、

「△△を○分で行う」
「今日は◇◇を必ずやる」

などと、声に出して「小さな目標」を言うようにしてください。その回数を増やすことができれば、一層効果的です。脳は怠け者なので、何度も声をかけてやる必要があるのです。

大きな目標を「小さな目標」に細分化する

次に、「ステップ② スモールステップに分ける」を見ていきましょう。

ドーパミンを思いどおりに出すために、神経学者のジュディ・ウィリス氏は、「小刻みに目標設定すること」をすすめています。いわゆる「スモールステップ法」(small-step method)です。

大きな目標に突然挑むのではなく、小さな目標に細分化する。そして小さな目標を達成するたびに、喜びを感じる。つまり小さな成功体験でよいので、こまめに積み重ねていくのです。

目標の重要性や達成度の大きさではなく、フィードバックの回数の多さを重視してください。

目標が大きくなればなるほど、達成までには時間がかかるもの。「待ち遠しい」という心境を通り越し、「待ちきれないから、どうでもいい」という“無関心モード”に変わってしまいます。

たとえば、30代にさしかかった人が「部長になりたい」という夢を掲げたとしましょう。その組織の中で部長になるまで、いったい何年かかるでしょうか。「年単位」の大きな目標だけだと、あまりに遠すぎて、人はモチベーションを保てなくなってしまいます。

「部長になりたい」という夢はそのままでかまいません。

ぜひ、それを小分けにする作業を行ってみてください。

「年単位」「月単位」「日単位」、それくらい細かなステップに分けることができれば、大きな目標の実現性はぐんと高まります。

そもそもドーパミンとは何なのか?

「ステップ③ ドーパミンを分泌させる」を見ていきましょう。

ドーパミンとはいったい何か。その正体について考えてみましょう。

ドーパミンは、人が目標を達成したとき、達成感や充実感を覚えさせてくれます。それが「快楽物質」(快楽に関係する脳内物質)と称される理由です。

ドーパミンと言えば「快楽物質」というイメージしかないかもしれません。確かにドーパミンは、快感を与える「報酬系」(reward system)の機能に、大きく関係しています。

けれども「快楽」は、ドーパミンが関係する多様な作用のほんの一部です。あまり注目されていませんが、ドーパミンは記憶や注意、気分、睡眠、学習など、人のさまざまなメカニズムに関係しています。

なかでも「やる気」との関係は深いものです。

専門的な話になりますが、「やる気」に関連するドーパミンの脳内の動きを見ておきましょう。大脳皮質など広範囲に広がる「中脳辺縁系ちゅうのうへんえんけい」は、最も大事な報酬系の神経系です。

報酬が予測されたとき、そのフィードバックとして「側坐核そくざかく」ではドーパミンが増えます。脳は、よくも悪くも「大きな出来事が起こりそうだ」と察知したとき、自分の身を守るため、すぐに動かなくてはならないために、やる気を発動してくれるというわけです。

つまり、そのような状態をスムーズにつくり出すことこそ、やる気のコントロールにつながります。このような背景を踏まえ、ドーパミンは「やる気分子」と呼ばれることもあります。

悪い結果を避けたい時にも増える

“やる気分子ドーパミン”の素顔がうかがえる実験を、ご紹介しておきましょう。

「ドーパミンは大きなストレスがかかった瞬間に、急激に増える」という事実が明らかになっています。

「PTSD(心的外傷後ストレス障害)を負った兵士が、銃声を聞くとドーパミンが一瞬で増えた」

そんなデータが報告されています。「快楽」とは無縁に見えるこのシチュエーションで、なぜドーパミンが増えたのか。この研究結果は、非常に示唆に富んでいます。つまり、ドーパミンの作用は「快楽」に限らず「やる気」にも関係していると多くの専門家が指摘をしています。

銃声を聞いた兵士は「悪い結果を避けるために、やる気を出した」、近年ではそう解釈されています。

このようにドーパミンは、報酬を得る前にも、機能してくれることがあります。

この性質を利用しない手はありません。

ただし砂糖、カフェイン、アルコールに頼ってはいけない

「本業」に取り組む前に、別の手段で、「大きな出来事が起こりそうだ」と脳に伝えればよいのです。脳はたちまちやる気を発動し、ドーパミンを分泌してくれます。

 

 

すると、脳内の「ドーパミンレベル」(ドーパミンの量)はアップします。ドーパミンレベルが上がると、さらにやる気が発動する、という好循環が起こります。したがって、健康的な手段でドーパミンのレベルを上げることは非常に有益なのです。

ひとつ気をつけてほしいのは、依存性の高い手段によるドーパミンのレベルアップです。

砂糖、カフェイン、アルコール、ショッピング、ギャンブルなど依存性の高い手段に依存すると、健康的な手段でドーパミンを分泌させることが難しくなりがちです。

多くの動物実験で、「ドーパミンレベルを上げるための不健康な手段」を提示した途端、動物たちは自滅的な行動に突き進んでいくことがわかっています。次に、ドーパミンをレベルアップさせてくれる健康的な手段を挙げておくので、参考にしてください。

◆運動を楽しむ(ウォーキングや散歩、ヨガなど、強度の弱いものでも十分)
◆瞑想をする
◆趣味に没頭する(読書、工作、手芸、楽器演奏、写真撮影など)
◆音楽を聴く(ただし、脳はマルチタスクが苦手なため、作業を始めたら聴かないほうがよい)
◆新しいものを探す
◆新しいことに挑戦する