チームダイアリーをご覧の皆様、こんにちは。4年DF井口よりご紹介に預かりました4年DF長谷部大地と申します。

 

井口が触れていたインターハイの試合は、私も鮮明に覚えています。試合では、私がDZから4人抜きを果たしても最後の最後に明大中野高校にはDFの1枚の厚い壁がありました。それはきっと井口だったことでしょう。そんな出会いから早いもので4年間が過ぎ、今では大の仲良しとなりました。(だよね!?)

また今シーズンは僕が怪我から復帰するや否や、今度は井口が大怪我をしてしまうなどともにプレーすることが少なかったのは特に悔しいものがあります。最後の早慶戦では氷上という舞台には立てない彼ですが、会場で一緒に闘ってくれることでしょう。彼の思いも背負い全力で闘います。

 

さて私自身、チームダイアリーが4回目となりました。同時に、16年間プレーしてきた学生アイスホッケー人生も今日の早慶戦をもって最後となりました。今回のダイアリーは、これまでのアイスホッケー人生を振り返り、「環境」と「出会い」について述べたいと思います。

私のこれまでの人生は、実に多くの時間・費用をアイスホッケーに費やし、歩んできました。父と兄の影響で始めた私のアイスホッケー人生は、6歳の頃の「長根屋外リンク」での長靴ホッケーにまでさかのぼります。小学校時代は八戸パイレーツジュニアで6年間お世話になり、中学時代には八戸市立湊中学校アイスホッケー部での3年間、その後八戸高校へと進学し、計12年間のキャリアは我がふるさと八戸で積み上げました。さらに、慶應義塾大学への進学を機に上京し、今日まで4年間をアイスホッケーとともに過ごしてきました。このアイスホッケーキャリア16年間は実に様々な方々と出会い、いかに環境に恵まれてきたのかを大きく痛感するものでした。

 

 まずは、「環境」について触れたいと思います。当時、八戸周辺には5つのリンク(テクノルアイスパーク八戸、南部山アイスアリーナ、長根屋外リンク、福地アイスアリーナ、三沢アイスアリーナ)が存在し、アイスホッケーをやるうえでこれがなによりも大きな価値であったことは言うまでもありません。現在幣部は新横浜を拠点としていますが、相模原や船橋、東伏見、上尾での氷上練習も珍しくありません。練習での長距離移動はいわば当たり前ですし、深夜遅くの練習がほとんどです。もちろん東京でアイスホッケーが行うことができる環境があるだけで素晴らしいことだと思いますが、氷都八戸とはまた異なる環境です。このように幼少期を最高な環境である八戸で過ごすことができたこと、またアイスホッケーに打ち込める環境であったことは、なによりも恵まれていたと実感しています。環境ゆえにアイスホッケーという競技にめぐりあえない、また続けることができない人々が多くいる中で、現在アイスホッケーに集中できていることに改めて感謝しなければならないと思っています。

 

また、同時にアイスホッケー競技をしていくなかで多くの方々と出会いは大きな財産です。私が忘れもしない「出会い」の思い出をご紹介したいと思います。幣部コーチの山中信雄コーチとの出会いです。山中信雄コーチは、私の體育會入部と同年にコーチに就任されましたが、実は最初の出会いは中学3年生時にさかのぼります。最初の出会いは東北・関東の有力選手たちが集まったU16ブロックエリートキャンプの時です。私は選手として召集され、その時のU16の監督が山中信雄コーチでした。合流初日の氷上練習時、私はフォアスケーティングからバックスケーティングになる練習の際に、転倒してしまいました。不運なことに信雄さんの前で転倒し、次のように叫ばれました。「DFやめたほうがいいんじゃねーか」と。当時の青森県DFを代表して参加していたため、「DFやめろ」といわれた時はショックと同時に、キャンプを離脱したい気持ちもあったのを今でも鮮明に覚えています。初対面の信雄コーチは、まさに私にとって「恐怖」そのものでした。その後ブロックエリートを突破し、U16エリートキャンプに参加しましたが、当然のように山中信雄コーチの存在がありました。エリートキャンプに参加したものからU16日本代表が選出される流れでしたが、私はこのエリートキャンプをもって脱落となりました。今では、信雄さんは「俺の眼は確かだった」と私をいじっておられますが、当時の僕は「U16日本代表候補」でとどまり相当悔しがっていたことをこの文章を通して知ってほしいと思います。それから3年間の月日が流れ、私は大学1年次に信雄コーチと再会しました。信雄さんのコーチ就任と聞き覚悟しましたが、あっという間に4年間が過ぎてしまいました。毎練習、栃木県から来られ、翌日の始発で仕事へ向かわれるなどハードなスケジュールの中からは、アイスホッケーへの情熱がひしひしと感じるものがありました。今でも、ミスした時に「DFやめろ」という檄が飛ぶのは毎練習の光景となったような気がします。4年間を通して、結果として信雄コーチの期待に応えることができなかったかもしれませんが、今日の早慶戦で必ずや勝利を獲得し、成長した姿をみせたいと思います。




 

 日本には「一期一会」という言葉があります。アイスホッケーという競技あったからこそ、信雄コーチに出会え、様々な檄を通じて学ぶことが多くありました。同期、先輩・後輩、スタッフ、私はアイスホッケーを通して今いるチームメイトと出会うことができました。この瞬間、まさに早慶戦という最高の舞台を今いる仲間と「勝利」という形で終えることができるように全力で闘います。

私は「環境」と「出会い」に恵まれ、最高の16年間を過ごすことができました。両親をはじめ、多くの関係者の皆様、チームダイアリーをご覧の皆様に改めて御礼を申し上げます。

 

長々となった文章でしたが、最後までお付き合いありがとうございました。

 

2022-2023シーズンのチームダイアリーはこれが最終回となります。今シーズンも幣部への熱いご声援ありがとうございました。1/7の早慶戦をもって、私を含め7名の4年生が引退し、本チームは解散となります。マネージャーをはじめOB・OGの方々が準備してくださった最高の「早慶戦」という舞台で、勝利をつかむためにALL OUTを体現します。是非最後の最後までご声援のほどよろしくお願いいたします。