最近、忙しい。
・・・というか、頭がいっぱいいっぱいになって、優先順位を決めなくちゃいけない。

主人の父が昨年の今頃亡くなって、
要介護1の母と、
10年前に病気をしてから、未だ仕事をしていないけど今は元気な50歳の兄が
2人で福岡県にすんでいる。

大きな家はあってもお金は無いし、家の傷みもはげしい。
その家を売って、私の近くの岐阜に移り住む事になった。

主人は実家の事を
「俺がやる」と言ったくせに、何ヶ月もほったらかしで、
考えるのも面倒らしく、数ヶ月放り投げていた。

初め、主人は岐阜の老人ホームに1件電話して、
「すぐに空きはありません」といわれ、
あとはどうしていいかわからず、考えるのも嫌になったらしい。

いやいやいや・・・
お兄さんと2人で住めるように考えるのが筋でしょう!!
・・・と思いつつ財産もついてくる事なので、私は手を出したくなかったが
毎日「私たちどなるの?どこまで話が進んだの?」
という母からの電話を取るのは私だし、
主人は電話を取れば「忙しい!」とどなるくせに、休日はネットで映画ざんまい。

主人の叔母さんたちにも
「あなたがやって」と頼まれて、5月から動きだした。



母は依存心が強く、被害妄想でもある。(ボーダーライン)
そんな母は私だけにはなついている。

10年前に、兄がうちから1時間くらいの所で倒れて入院した時と、
数年前、母が福岡からプチ家出をした時、それぞれ我が家に2ヶ月位居た時がある。

1回目の時、
私の後ろを1日中
「K子さんK子さんK子さん」とついて周り、
私の娘のA子(当時小5)が、ちょっと嫌そうな顔をすると、
「Aちゃんがにらむ」と言って、常にA子がいる時、私の後ろにかくれるようになり、
「そんな事はないから」と説明すると、食事の間もずっとA子の顔を覗きつづけ、
ついにA子が胃腸が動かなくなり、救急で病院に行って、
やっと私と2人になれて胃腸が動き出した。

2回目の「プチ家出」時は、
「お父さんは人間じゃない。私に嫌がらせをする。」などと、散々に言ってうちに来たが、2番目と3番目の子が恐いと言い出し、
「私、お父さんが恋しい。愛してるから。」
と言って帰っていった。

そんな母だから、
「お願い。同じ市内は嫌だ。」という子どもの願いもよくわかる。

となりの市に、家を買う事になった。
市民病院まで1キロ。105坪の敷地面積に3DKの平屋で500万円
何て格安!!と思ったら、
やらないくせに文句ばっかり言う主人は「高い」と大反対!

おばさんたちに相談し、お盆に説得したが、
財産の分け前が減る事を心配していたらしい。
・・・情けない。

お母さんが死んだ後、お兄さんが家もなく、路頭にまよったら、
その方がずっと困るのに、
何で目先の利益しか考えないのか・・・。

お母さんが亡くなったら、その家は全部お兄さんの物にする。
私たちは一切もらわない。
それでやっと、お父さんもお母さんも安心できると思う。

ああ・・・
それにしても雑用が山のようにある~~。
買う家の契約もリフォームの打ち合わせも水道開始もお茶出しも・・・

来週は福岡の引越しの手伝いに行って、
一人で新幹線に乗れない母を連れてくる。

下の娘が情緒不安定だが、もう少しだけ我慢して・・・。

もう、目一杯だから・・・。



本文はここから
高校生の時、道徳の授業で、自分の名前を10枚くらい書き、
それを皆の分集めてランダムに配り、
来た人のカードに、その人の長所を書くというのをやった事がある。

私の名前は6人の男子と4人の女子に配られた。
その6人の男子が書いた、私の長所は、およそ、こんな風だった。
「優しい保母さん」
「幼稚園の先生が似合いそう」
「日本のお母さん」
「良いお母さんになりそう」
「あったかいお母さん」
「お母さんって感じ」

何で、クラスの男子に、こんなに母性的って思われるんだろう????
・・・他の女子で、こんなに「お母さん」って書かれた子はいなかった。
嬉しいような、悲しいような・・・




結婚したF君に愛情が無かったわけではない。
実は母親に愛情をかけてもらえなかったF君は、
母に甘えるという成長過程を経てない子供だったから、
よく甘えてきた。
それはそれで楽しかった。
2人の間は、どんな甘えも受け入れられたし、
わがままに振り回されてもOKだった。

Fが私の子供のようだった。
所が、子供ができたらそうはいかない。

子どもができてから、
ちゃんと話し合える人、価値観の近い人じゃないと、ダメだな~。と思った。


もちろん、あの時素直になったからといって、Kさんとうまくいったとは限らないが
もっと素直に生きられるようになっただろう・・・
少なくとも自分で結婚する人を選択しただろう。

でも、去年、Kさんと再会して、文句が言えてから、
あの時、こうしていれば・・・という思いがやっと消えた。
全て良かったと思えるようになった。


今、家庭教師がすっごく楽しい。
特に今年の中3が大好きだ。

たかが中学生のガキなのに、こんなに大好きで、こんなに大切になるなんて、思わなかった。

その子たちと何があって、どうしてそんなに大切なのかは、
あまりにも個人情報なので、ここには書けない。

この子たちと接するにあたって、
結婚してからの、幼児教室の経験・保母の経験・小学校の経験
親業や心理学やカウンセリングの学びも全部、生きていて、
辛かった事や苦労した事も全部、宝物になっている。


多分、だれと結婚していても、私の子どもたちは私を選んで生まれてきてくれたと思うけど、
今、出会うべくして出会っている生徒たちに出会う道は、
きっとこれしかなかった。


そう思った時、
神様が時間を戻してやるって言っても、
私はこの道を通って、この子たちと出会いたいと思った。

それくらい、かけがえのない子たちに出会えて、幸せだ。

幸せの形って、一つじゃないね。

この時、R君・M君・M君は、まだはじめてないから、
中3は、
Hちゃん・Yちゃん・Aちゃん・K君・H君だけだけどね。

あ・・・
中学生にしたい恋愛の話から、この最終話はおもいっきりそれたから、
この話はしばらくしたら書き換えるね。
遠恋に持ち込んだのに、M君となかなか別れられず、困っていたころ、
同じセンターで働く仲間としてF君に出会った。

F君の話は新鮮だった。
F君は遊び人で、今まで10人以上付き合ったのに、2ヶ月以上付き合った事がないのだそうだ。

どうやったらそんなに別れられるんだろう。
私は振りたくないのに、遠恋しても関西のM君は冷める気配もない・・・。

F君と付き合ったら、2ヶ月で別れられるのかな~。
2ヶ月たったら、自分から断っても良いのかな~。

F君のいいかげんさと軽さが私に有ったら、もっと楽しく過ごせるのに・・・。

F君に告白された時、断ったけど、
それを心のエネルギーにしてM君をふった。

F君にはM君の事を相談してたし、
断った後も何かとくっついてきたので、
だんだん、付き合っているような雰囲気になり、
「これって、付き合ってるのかな・・・」
「そうかもね」
なんて、口に出すようになった。

こんな軽いノリの付き合いもあって良いんだな~
今まで考えすぎてたから、単純で楽しかった。
2ヶ月たったら別れる程度の付き合いなんだ。
・・・そう思ってた。


所が・・・
2週間たった時、センターに会議に来るKさんから、ラブレターをもらった。

会議のお茶出しなどで、話の内容は耳に入る。
Kさんはよく、私の想っている意見と同じ事を会議で言っていた。
意見が合う。価値観が近いんだ。
意見が対立しても、怒るわけではなく、でも、自分の意見はしっかり言う。
格好良かった。

6歳年上のKさんを、私は、尊敬とか、憧れとかいう目で見ていたから、
まさか自分がKさんの恋愛対象になるとは・・・
びっくりだった。


告白されて、こんなに嬉しいのは初めてだった。、

今まで、そんな風に意識した事はない人だった。
ステージが一つ上の人だと思ってた。
・・・でも・・・
多分、好きだ。きっと好き。
というか、初めて、好きな人に告白された気がする・・・。

でも、困った。
まだF君と2ヶ月たっていない。
いくら何でも、まだ、断るわけにはいかない。

それに、そんな事、Kさんには言えない。
「2ヶ月後にF君と別れるから待っといて~」
なんて・・・

Kさんに言われたからF君を即フル・・・なんて言うのも、
それはあんまりだと思えた。

告白されて、こんなに悲しいのも初めてだった。


結局・・・Kさんには即、お断りの手紙を書いた。
「今は付き合ってる人がいます。ごめんなさい。」って
その時は、そうするしかなかった。

そうでないと、自分がきたないようで・・・
正しい自分でいたかった。Kさんの前では特に。


ああ、本当にバカな事をしたね。何を格好つけてたんだろう・・・。


さらに、Kさんも、私と同じくらい、格好つけのバカだった。
・・・と、今なら思う。
やっぱり考え方が似てたんだ。


1週間くらいたって、会議でセンターに来たKさんは、
お茶を出した私にこっそりメモのような手紙を渡した。


「一人の人を大切にできない人は、全ての人を大切にできません。
 その人を大切にしてください。」


何度も何度も読み返した。
Kさん、さすがだな~。やっぱり、格好良いな~。
今、付き合ってるF君を大切にしよう。
Kさんとつきあえなくても、
Kさんに恥ずかしい生き方はしたくないから・・・。


一旦付き合うと尽くしてしまうのか、
F君を大切にしようと思った私は2ヶ月たっても振られる事はなく、
ついに2年後、結婚する事になる。

実は、問題の2ヶ月が過ぎ、半年たった頃、
当時センター長だった上司に、お見合いを断る時にF君の名前を出してしまい、
急に乗り気になったセンター長は
「結婚する気で付き合いなさい!」と命令すると、
瞬く間に両方の親を説得し、ホテルと日取りまで決めてしまった。
自分の親に、「付き合ってる人が居る」と言うより早く
結婚の承諾をもらってしまった。


結婚の直前だったか、直後だったか、
Kさんにばったり会って、F君と結婚する事を告げた時、
Kさんは何と、目を潤ませて、天を仰いだ。


その途端、夢からさめたように気がついた。

そんなに想ってくれてるんだったら、何で あの時、
「その人を大切にしてください。」なんていう手紙をくれたの?
「それでも好きだ」って、何で言ってくれなかったの?
私達、何を格好つけて、何を守ってきたんだろう・・・・・。

人ごみの中だったし、F君が近くにいたから、必死で感情が表に表れないようにした。
だって、今さら気がついても、もう遅かったから・・・。

憧れや尊敬の人だったKさんは、あの日、等身大の人になった。
私と同じように格好つけで、同じように弱くて、同じように失敗する人だった。
私と同じくらい理想家で、バカな人だった。


もっと早く気が付いてたら、素直になれたのかな・・・・・。




「一生、一人としかキスもしたくない。」
という想いと、
「自分から振ってはいけない。」
というとらわれを持っていた私は、もう一つ、やっかいな思い込みを持っていた。

「本当の愛なんて、ナイんじゃないの?」

物語のハッピーエンドは付き合うまでや、結婚するまでだけど、
その後もず~~~っと想いあってる夫婦なんていない。

好きっていう、一瞬の気の迷いは長くて3年くらいで、
あとはず~~~っと、意思の力で一人の人と向き合っていくんだったら、
最初の気の迷いをすっ飛ばして、最初から意思の力で
一人の人を好きと思い込めば良いんじゃないか・・・


まあ、これは私の家庭事情からも来る思い込みで、
http://blogs.yahoo.co.jp/keiko_puumin/28942194.html
さすがにここまでネジれた中学生に会った事はない。
自分でも、本当に本当にバカだったと思う。

好きな人は居なかったが、クラスの男の子を漠然と
まあまあ好きな10% 普通60% 好きじゃない30% と分けた時の、
一番好きじゃない30%に入っていたM君に、二度目の告白をされた時、
「意思の力で想い続けてみよう・・・」
と、思ってしまい、さらに
「ふってはいけない」と、「一生一人・・・」が発動して別れられず、
4年半も付き合ってしまいました~~><;

4年半というと、どっぷり短大時代が入るんですが、
「彼氏がいたら、浮気はもちろん、隙がある事も、他の男の人と楽しく喋る事もいけない」
と、思っていた私は、
合コンも、女友だちとのディスコやスキーも、全然行けなかった~~。
彼氏さえいなければ、どんなに楽しい大学生活だったろう・・・って、今でも思う。


私の行った神戸の保育科は、関西では有名で、
他の保育科は就職難でも、そこだけは就職率90%以上で、
関西でなら就職できたけど、
関西から離れたかったので、大分県であるセンターの研修生になります。

そして、関西の彼氏と距離を取って、8ヶ月かけて、ようやく別れました

でも、この後、さらにバカな事をやってしまいます。

ああああ~~
あの頃の自分に、今の自分がついてたら、
もっと素直に生きて良いよって言うのにな~~~。

続きはまた明日~~

中学生と接していると、恋バナが多い。
男の子も、好きな子ができたら教えてくれるし、
自分から言わない子でも、ちょっと突っ込むと、すぐポロポロと教えてくれる。

女の子は口火をきると、詳しい・・・。

でも、その子の秘密は絶対に守る。

大して好きでもないのに気軽に付き合って、喋る事もできなくってすぐ別れる子や、
すごく真剣に考える子までイロイロだ。


男の子でも、「自分は絶対浮気はしない」とか、
「一回付き合いだしたら、その子と結婚して一生・・・」とか思ってる子もいる。
それはとっても素敵な想いで微笑ましい。
でも、その想いが強すぎると、返って失敗するんだよね~~~
と、自分の思い出を重ねてしまう。

この時期の純粋な想いは、たいていは柔軟に壊れていき、事無きを得るのだろうが、
私はそうではなかった。



高校1年生の時、私は好きな先輩に告白されて、付き合った事がある。
・・・好き・・・と言っても、彼氏としてとか、男の人として・・・では無かった。
応援団長をやっていたI先輩は、同級の男友達からも女友達からも人気があった。
体育祭前に、何かと世話をやいてくれたそのI先輩を、
「お兄ちゃんになって!」と言いたいくらい好きだった。
同級生だったら、仲の良い友だちになりたかった。

でも、学年も部活もちがう。
体育祭が終わったら、もう、話す機会もなくなってしまう・・・
それに、こんな良い人断れない・・・と、OKしてしまったが、
気持ちが違うので10日後
「ごめんなさい。」と、電話をした。

I先輩は、
「これからも頑張れよ。」
と、優しく電話を切ったものの、寮で大泣きしたらしい。
・・・次の日には・・・
付き合った事はほとんど誰も知らなかったのに、別れた事は学校中の噂になっていた~~(* ̄O ̄*)
同性の同級生に大人気のI先輩を振った私は
次の日から散々な言われようだった。
軽くだけど、後ろから石を投げられた事もあって、
全然痛くなかったけど、
「こんなに傷つけたんだな・・・」と、思うと、涙が出た。

ここで私に、こんな思い込みができた。

「OKした以上、一旦付き合ったら、こちらからお断りしてはいけない。」