努力して報われない事はあるのだろうか? | Keiko Kinoshita Yoga オフィシャルブログ

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ヨガ講師、心地よく生きるエッセンスや日々感じたことを書き綴っています。

こんにちは、キノシタケイコです。

 

 

努力は、怠ってはいけないと思っています。

 


 

こんなこと書くと、今の風潮に反して古い価値観、ダサイ!!

と反応される方もおられるかもしれませんが、

それはそれでいいです。

 



やはり何事も諦めずに行いを続けることは必須です。

それを努力と呼ぶのでしょう。

 

 



 

努力しても報われなこと。

この言葉もよく耳にします。

 


 

例えば

・長い間構想して、念入りな準備をしたWSで、

 蓋を開けてみたら、参加者めっちゃ少なかった。

 

 これ結構凹みます。

 自己嫌悪になったり、他者批判したりしたくなります。

 

 

 

・自然の力もそうです。

 丹精込めて育てた作物も、収穫を前にして自然がその収穫を

 奪ってしまうこともあります。

 

 これは厳しく、悲しい出来事です。

 

こんな時、努力しても報われなかった。と表現します。

 



 

 

 

 

何を持って報われて、何が報われないのか?

 


 

1つ1つの行いには、結果がもれなくついてきます。

私達は、どうしてもこの1つの結果に拘ってしまいます。

 



そしてその結果が、ネガティブなもの(自分がそう判断した)

であった時、自分か他者か、何かのせいにします。

それは、批判であり否定になります。

 

批判、否定は自分に緊張を与えます。

緊張は、不安、恐れ、心配を生み出します。

 

 



 

 

でも、結果というものに拘りがついていなかったら?

 


それはただの現象です。

その現象から次はどのような行いすればいいかを、考えるだけです。

時には、考え考え考え抜かなくてはいけないことだってあるはずです。

それでも、考えて行い続けるのです。

 

 




大きな視点で、客観視、俯瞰視、宇宙観視してみると、

1つ1つの結果は、些細な小さな現象でしかありません。

 

その現象は有り難く受け入れます。

でもそれに囚われないで、又行い続けるのです。

 

 



 

 

今期収穫が少なくても、

自然災害にも負けずに残ってくれた種や土は、生命力のあるものに

なっている。

そこから次期に繋げていく行為。

 

 

参加者少なくても行ったWSから、心からの喜びと

人との繋がりの有難さを再認識して次の方向性を再構築する行為。

 

 



 

そのように繰り返すことが、努力です。

 


そしてこのように行為し続けている人は、

もう既に

行為そのものが喜びであり、

「報われた・報われていない」の二元的な結果には

左右されていない人になっています。

 

 



努力を努力とも思わず、

その結果に対して「報われた・報われていない」とは

判断しない人。

 

どんな時も、緊張しないで行いを続ける人。

 



そんな人をカルマヨギーと呼ぶのでしょうね。

少しでもそう在りたいです。

 




 

 

 

 

 

 

 

 

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