以前公務に関わっていたとき事業依頼や講師を雇うとき「カタカナに気をつけろ」と言われてきた。

おしゃれなカタカナ名の肩書きは十分、プロフィールを調べるようにと。

そう、私も外来語は苦手だ。何か怪しげに感じてしまう。

「ソーシャルネットワークを広げるには」というご相談をいただいた。

早い話が、「人脈」のことじゃないか。

 

 ◯人脈は「量」より「質」

世の中ってなんだかんだと言いながら、豊かな人間関係を構築していくことで成り立っている。

   が、フェイスブックでお友達が何百人もいる人って、どうなんだろう。

    「友達」って何だ?といつも学生に問いかけている。

   私はメッセージのない、会ったこともない方はもちろんのこと、営業目的でお友達申請したことは一度もない。

というより、操作もあまりよくわからないので一度も自分から申請というのもことがないのだ。

   フェイスブックの意味合いは個人個人違うでしょうからそれはかまわないとして…。

 

  人脈というのは異業種交流や勉強会に参加をして多くの人と出会うことではない。

  要するに「量より質」

  出会った方々をいかに大切にするかだ。

  身近な人脈を大切にできない人は新しい人脈などつくれない。

  知り合った、おしゃべりした、自分の仕事に役立った(悪く言えば利用した)…。

  お世話になったその時だけ行き来して用がなくなれば次の人を活用する…なんて人は、

  そういう人間関係しか形成できない。 

 大切なのは、あなたの固定客・お得意さん、相手にとって「何度も会いたい人」になってもらうことなのだ。

 自分の固定ファンを一人でもよいからつくり、日頃から大切にすること。

   give&takeではなく、give&givenを心がけること。

   相手に喜んでもらうことを常に考える

   相手の喜びに共感する

   自分が相手のために何ができるかを常に考える

   お世話になったご恩をいつまでも忘れず、何年たっても感謝の気持ちを持ち、伝え続ける。

   すると、いつの間にやら周囲は上質な人脈で素晴らしいネットワークができる。

   不思議なもので「類は友を呼ぶ」のだ。

 

   ◯当たり前のことを当たり前にする

人脈というのは広げるものではなくて、広がるものだ。

人は「人として向き合ってくれた人」の前で、その人の最も優れた部分を出す。

自分のために大きなことをしてくれたとか、一度だけとてもうれしいプレゼントをしてくれた、ではなく

周囲の身近な人たちに小さなことこそ大切にしてくれる人が信頼される。

例えば、小さな約束をやぶらない人。

「行けたらいくね」

「次回の会合で、○○さんを紹介するね」

「お礼に今度、お食事でも

なんて言ってそのままにしたり、時間を守らなかったりする人は人間関係が続く人ではない。

コツコツと丁寧で真摯な付き合いをする人が最後には信用される。

 

私は生きている時間が長いだけにそれなりのヒューマンネットワークは持っているが、私を行政に引き上げてくれた方、それなりの要職に推薦してくれた方、つらい時に何も言わずにいっしょにいてくれる人。

40年~50年のご恩に今も感謝の気持ちを伝えている。

 

先日、行政時代の重鎮から「けいこのかおり」なる超甘の「はるみ」を大量に送っていただいた。

教育界の大幹部でも今は悠々自適な生活をなさている「おじいちゃん」(ごめんなさい!!)だが

少しも変わらぬ細くて長い絹糸は繋がっている。