【バラの包装紙】

 私が生まれたのは東京のど真ん中。

 青山の日赤病院で生まれ「敬子」という名は近所の明治神宮で付けてもらったそうだ。

 でも、物心ついてからは横浜。

 小学校も、中学校も、ずっと横浜で、大学まで横浜。

 おまけに初めての就職先は横浜市の公立中学校だ。

 ということで、大人になって都会に出たのではなく、ずうっと「バラの包装紙」で育ったものだから他を知らない。

 その土地、その土地に伝統のある百貨店があり、包装紙の模様も様々。

 私の場合、プレゼントもご挨拶も何もかも「バラの包み紙」が当たり前であり、

そこに行けばたいていのものは揃い、週末の家族レジャーもお決まりコースだった。

家から30分もあれば着くデパートには、お決まりのお子様ランチから父親に買ってもらうピアノの発表会用のドレス、スカーレットちゃん(今で言うバービー人形)、地下のお総菜…めくるめく夢の世界だ。

そこで受ける最高のおもてなしは、今でこそ「コンシェルジュ」なんて言うけれど、ごく当たり前の対応だった。デパートって、ステキな場所!なのだ。

 

今でこそ、接遇講師としても全国を飛び回っている私だが、何も特別のことを教えているわけでは無い。

 「相手の気持ちを丁寧に受け取り、真心でお返しする」コミュニケーションをとっているだけのこと。

・お世話になった方には、ずっとその気持ちを伝え続けること。

・自分が目立とうとするのではなく相手を輝かせること。

・常に相手が今、何を望んでいるのかを思いやること。

・ウソや、ごまかし、自分を過大広告しないこと。

・正しく美しい日本語で話すこと。

 

 しかし、最近は、その当たり前のことが当たり前でなくなってしまったから、こうして伝えなければならないのかもしれない。

 

 そして、先日、あこがれの師とお会いできたのだ。

 

 あーあ、昔は良かったなぁ…なんて考えるのは年老いたしるし。