音楽は目に見えない。しかし、人々はその音楽によって心を満たされ、あるときは救われ、希望や勇気を得る。世界的バレエダンサー首藤康之氏(45)が舞踏という形で表現する音楽は神々しいほどの姿で目に見えぬ喜びや悲しみ、苦しさや醜さまでも美しくしてしまう魔力がある。『しいきアルゲリッチハウス(別府市)』のサロンは日田杉や桜材を使った室内音楽を楽しむための上質な空間だ。しなやかな肢体と端正な顔立ちの氏が登場すると瞬く間にそこは人々の心をときめかせる劇場となる。

 

〇心の居場所でバレエを生業にする

9歳からバレエを始めるきっかけとなったのは、「できればそこに住みたいと思うほど劇場という空間が好きだったから。幼いころ、初めて行った劇場には、日常と違う世界が広がり、そこで芸術という表現をすることが自分の心地よい居場所と感じたから」という。15歳で東京バレエ団に入団してからは弱冠19歳で「眠れる森の美女」に主演するなど、常にバレエ界の第一線で活躍している。キャリア教育では学生たちに「なりたい自分」をイメージさせる。氏は大好きな劇場を自分の居場所とするために舞踏家の道を選んだ。持って生まれた才能とたゆまぬ努力によってそれは実現され、世界という舞台で最高の自己実現を果たした。また近年は映画や歌舞伎、ドラマといった全く違うジャンルにも挑戦している。バレエの世界との距離は感じないものかとたずねると「芸術家としての自分の人間性や思考を通して映し出されるものは舞踏でも他の表現も同じ。とくに歌舞伎という様式美の古典芸能を少しでも体験できたことはとても勉強になった」という。

 

〇自分の身体と語り合うこと

画家や演奏家と違い、舞踏家は自分の身体で芸術を表現するのだから、自分が向き合うものは自分の身体だ。31歳の時、舞台の本番中に靱帯断裂のケガを負って舞台を降板する。このような危機も氏は自分の内面を見つめるチャンスと捉えた。「リハビリは舞踏の基本レッスン。バーに捕まりプリエ(基本の姿勢)と同じように、基本に戻ることを大事にした。身体も中心を意識する。心も中心を意識する。そのために自分の身体と語り合うことを心がけています」そして、困難を乗り越えるためには、いつも自分が豊かでなければいけないと言う。「物質的な豊かさではなく、いつも自分の心の中をクリアにしておくこと。透明なフィルターを通して物が見えるようにしていたい」そのためにはステキな音楽を聴いたり、公園を散歩して清閑な空気に包まれて何かを感じたり」氏にとって乗り越えるエネルギーもまた、大好きなバレエであり、音楽なのだ。

 〇誠実でオープンであること

 コーチングでは、行動や思考の傾向を「タイプ分け」という手法で分析する。首藤氏は芸術家でありながら数学的思考で一つ一つを積み上げていくアナライザータイプだと感じた。「子どもの頃、好きな教科は数学。自分で考えて解いていくおもしろさがある。」後進の指導で伝えていることは「一つのことを丁寧に性格に積み上げていくこと。」正確で緻密で質を重視する。そして、直感力があるのもアナライザータイプの特徴だ。氏自身も様々な作品に向き合うとき、誠実でオープンであることを心がけているという。氏の身体を媒体として音楽はさらに崇高で美しい芸術となって人々の心に響き感動という幸福をもたらす。