粋な着流しに羽織姿で舞台の袖から登場したのは4代目三遊亭歌奴(本名柴田陽介)氏(39)だ。長身に端正な顔立ちの真打ちがマクラを語りはじめるとたちまち客席との距離が縮まっていく。「大人の教養」とも言われる落語の魅力に会場が上質な笑いに包みこまれた。



〇きっかけとおがげさま

落語との出会いは中学生の時。たまたま所属することとなった落語クラブで文化祭の舞台に立った時、そのしゃべりがことのほか観客に受けたのだと言う。「成績がぱっとしない自分でも人前で話したら皆が反応してくれて、それが快感でした。」そう語る氏が通っていたのは大学の付属中学校。周囲が難関の高校、大学への進学を希望する環境の中では変わり種の存在だったのかもしれない。「進路を決める三者面談で落語家になりたい、と言ったときは先生も親もびっくりして…」高校進学後もその思いは変わらなかった。同級生と老人ホームの慰問などをしながら好きな落語に関わっていると新聞社やテレビ局がその活動をとりあげてくれた。そこから、本格的に弟子入りをすることになる。

「本当に新聞社やテレビ局の皆さんのおかげなんです」とこれまでの道のりを振り返る。人は様々なチャンスに出会い、そこで出会ったたくさんの人と関わりながら自分のキャリアを作り上げていく。努力し積み上げていくのは自身であるが会話の中でしばしば出てくる「おかげさま」という感謝の気持ちがさらに人生を好転させていくのだと感じる。



〇好きだから乗り越えられる

高校卒業後、三代目三遊亭圓歌師匠に内弟子として入門。わずか三ヶ月で寄席に入った。修行というのは厳しく辛いものと想像するが「師匠の家に住み込んでいた前座の四年二ヶ月は銭湯に行くとき以外は自由時間がないのが辛かったですね。同級生は大学生活を謳歌しているんだろうな、なんて。でも、だんだん要領を覚えてそれなりに楽しみを見つけてやっていました。今でもこの世界は先輩後輩の関係は絶対。稽古をちゃんとして先輩から教わったことを後輩に伝えることが恩返し。常に芸を向上させるための努力は惜しまない。好きなことをやっているので辞めたいと思ったことはないです」と笑顔で語る。



〇コミュニケーションの原点

懐から扇子を取り出して「落語の魅力は扇子と手ぬぐいだけで身振りと声色で老若男女さまざまな役柄を演じ分けるところでしょう。テレビのように登場人物や背景、衣装が変わるわけではない」たしかに、落語家のしぐさと表情で役柄は変わり、扇子はお箸や煙草のキセルにもなるし、手ぬぐいは料理や本、財布にも化けてしまう。氏のみごとな話術によって、観客は想像力をかき立てられ、落語の世界へ引き込まれていく。身近なネタを使ったマクラから客席との距離を縮め、人と人のコミュニケーションを良好にして観客が一体となったとき本題に入る。挨拶や世間話から商談に入るといった手法はビジネスにおけるコミュニケーションスキルと重なる。歯切れのいいテンポやリズム、音で会話を楽しみ、相手を楽しませながら自分の言いたいことをきちんと伝える。江戸時代から庶民の娯楽として長く親しまれている落語には、コミュニケーションのヒントがたくさんある。

子どもたちが小学生の時、学校から依頼されて落語を披露した。そのとき楽しそうに笑っている姿を見て親の仕事を理解しているのだと感じてうれしかったと言う。日々精進を続ける真打ちが、家族を愛するやさしい父親の顔になった。