パンダが振り返る重賞レース -18ページ目

パンダが振り返る重賞レース

JRA(中央競馬)の重賞レースを回顧します。ぶっちゃけ未来につながる予想用備忘録です。

クラシック三冠のレースに出場して1、1、2番人気になりつつも一つも勝てなかったメジロブライト。あのラジオたんぱ杯、共同通信杯での力強い連勝は何だったのか。97年、多くの競馬ファンがメジロブライトに失望したことでしょう。ですが、メジロブライトはここで終わる馬ではありませんでした。

同年11月、ステイヤーズSでメジロブライトは実力を開花させ、その圧倒的な存在感と強さをファンに見せつけたのです。その日は雨が降っており、長距離には向いていない酷い馬場状態でした。では、レースを振り返ります。

一頭が出遅れたスタート。このレースでも1番人気となったメジロブライトは後から4頭目です。途中、「三冠レースを一つも取れなかった」と厳しいことを述べる実況アナウンサー。レースは2週目となり、メジロブライトは徐々に順位をあげていきます。そして、直線前では先頭となり、そのままなだれこみます。

直線に入って残り200m。誰もがその光景に目を奪われました。

サージュウェルズが食い下がるなか、メジロブライトが先頭でリードを保つ。そして、2番手がスタミナ切れにも関わらず、さらに加速して後続馬を突き放す。気がつくと大差のリードでメジロブライトがゴールを突っ切っていました。

このレースの圧勝こそ、天皇賞・春まで続く重賞4連勝という快進撃の幕開けとなったのです。
90年代の半ばは外国産馬が出走するレースは限られていました。そんな中、アメリカ産駒のヒシアマゾンにはクラシックレースの出走権がありませんでした。そのため、重賞を勝ちながらエリザベス女王杯(GI)を待つことになります。

そして、94年といえば、ナリタブライアンが3冠馬となった記念すべき年でもあります。この二頭が直接対決することになったのが94年の有馬記念(GI)です。

圧倒的な強さを誇るナリタブライアンに挑むのは、エリザベスを制して今年、最強の女王の称号を手にしたヒシアマゾン。そして、彼女もまた「怪物」だったことがこのレースで明らかとなります。では、レースを振り返りましょう。

ナリタブライアンが好スタート。そのスタート直後から、希代の逃げ馬であるツインターボが逃げていきます。ナリタブライアンは先頭集団の前。ヒシアマゾンは中団から後方です。レース中盤でもツインターボが大きなリードを取ります。そのリードは70m。二番手にはナリタブライアン。ヒシアマゾンは中団より後です。しかし、直線前でツインターボがスタミナ切れで後退。ヒシアマゾンが加速して、ナリタブライアンに並んで直線へと入ります。

先頭はナリタブライアン。だが、ヒシアマゾンも追いすがる。しかし、ナリタブライアンが後続馬を一気に引き離す。そして、そのままゴールイン。2着は3馬身差でヒシアマゾンでした。


1994年といえばナリタブライアンが三冠馬となった記念すべき年。その、ナリタブライアンより早く生まれて遅咲きとなった馬がいました。それがサクラローレルです。

サクラローレルは5歳までずっと怪我に悩まされていた馬です。青葉賞3着になりながらも、ダービー前に怪我をして出走を断念。4歳で日刊金杯(GⅢ)を勝利、目黒記念(GⅡ)2着で天皇賞に望もうとするも骨折。そして、5歳となり、天皇賞・春(GI)と有馬記念(GI)という大舞台で強さをファンに見せつけることになります。

その天皇賞・春にはナリタブライアン、マヤノトップガンという強敵が出走していました。では、レースを振り返りましょう。

16頭揃ったスタート。ナリタブライアンはちょうど5,6番手の位置を追走。さらに後ろからはマヤノトップガンといったところで、サクラローレルはさらに後方でした。レース中盤から直線では、前二頭の馬が逃げており、ナリタブライアンが中団から上がっていき、マヤノトップガンが追走。サクラローレルは上がっていく二頭に対して様子見で後方待機といった感じです。

直線ではナリタブライアン、マヤノトップガンの激しい叩き合い。しかし、その後ろからサクラローレルが迫ります。さらに、マヤノトップガンを抜き、ナリタブライアンを迫るサクラローレル。ゴール前では完全に抜き去り、サクラローレルが天皇賞・春を制しました。

1990年の日本ダービー(GI)、観客動員数は19万6千人と過去最高を記録しました。

その観客のお目当てが、ホワイトストーン、メジロライアン、ハクタイセイ、アイスネフウジンといった有力馬でした。その中で、アイネスフウジンがダービーを制するわけですが、その勝ち方は逃げ切りです。しかし、アイネスフウジンは秋に屈腱炎を発症して引退を表明しました。

後に現役最強馬といわれるメジロマックイーンが出てくるわけですが、もし、アイネスフウジンと勝負すれば、どんなレースを見せてくれたのでしょう。では、レースを振り返ります。

22頭のややばらけたスタート。レース直後、早速アイネスフウジンが先陣を切ります。皐月賞ではハクタイセイにクビ差で負けて2着。雪辱となるのか。そのハクタイセイは少し遅れて先頭集団に位置しています。ホワイトストーン、1番人気のメジロライアンは中団といったところです。

先頭はアイネスフウジン。その後ろを追うのはハクタイセイ。第三コーナーから第四コーナーへと向かう途中、場内から大歓声が巻き起こります。そして、そのまま直線へと入ります。

先頭はアイネスフウジン。後ろにはハクタイセイ。中団から一気に上がってくるメジロライアン。ゴール前、アイネスフウジンが先頭で粘る。メジロライアンがハクタイセイをかわし、二着となりますがアイネスフウジンには届きませんでした。
94年は競馬ファンにとって忘れられないナリタブライアンが三冠馬となった年。

ナリタブライアンは日本競馬において最強馬として君臨しました。しかし、95年からは新しい時代の風が吹き荒れます。その風の筆頭となったのがマヤノトップガン。すでに菊花賞(GI)を制覇していたマヤノトップガンは意気揚々と有馬記念(GI)へと乗り込んできました。

そこにはナリタブライアン、ナイスネイチャ、ジェミニン、タイキブリザード、ヒシアマゾンといった有力馬が勢揃いしており、16万人の大観衆が見守る中、レースは開催されました。では、振り返りましょう。

スタート直後からいつものように1番人気のヒシアマゾンは最後尾からの追走。ナリタブライアンはほぼ中団。そして、マヤノトップガンが先頭でレースを引っ張っていきます。レース中盤でもほとんど順位は変わらず、先頭はマヤノトップガン。ナリタブライアン、ヒシアマゾンもじょじょに上がってきます。

大歓声がレースを盛り上げる。直線に最初に入ったのはマヤノトップガンです。

先頭はマヤノトップガン。後ろからナリタブライアンが追走してくるが思ったより伸びない。そのままナリタブライアンが馬群に沈んでいく中、完全に抜け出したマヤノトップガン。タイキブリザードが迫ってきましたが余裕の逃げ切り勝ち。

こうして、一つの時代(ナリタブライアンの時代)が終わりを告げたのです。