コンドル(25)
別れ際にターナーがキャシーに言ったのは「自分を大切にしてくれ」(Take care yourself)だった。これはどういう意味か。男から女に言う言葉としては,「一時的な感情におぼれず,堅実な人生を送れ」という意味であろうし,殺し屋だけでなくCIAからも追われる身の逃亡者としては,「俺のそばにいると危険が及ぶ。俺に構わず自分の安全を優先してくれ」という意味でもあろう。ジョベアは今迄で一番恐ろしい敵なのだ。当然,キャシーのことも知っているであろう。それにターナーにはまだやることが残っている。なぜこんなことが起こったのかを突き止める仕事である。いや,仕事ではなく,フェアネスを第一の徳と考える一般的な合衆国市民の義(義務)である。
一方CIAの本部はどんな決定をしたのか。世界の主要都市の時間を表す時計が並ぶ作戦室で,本部長がヒギンズと面談している。ヒギンズは一連の報告を,本部に対して反抗的な口調でした様子である。
本部長:「君は本部の命令に完全に忠実なのかね?」
ヒギンズ:「そう,努めています」
本部長:「君は軍の学校からカンパニーへ?」
ヒギンズ:「いいえ,朝鮮でスカウトされて」。そして逆に質問する。
「あなたはOSSにいたんでしょう?」(OSS=Office of Strategic Service,戦略情報局,CIAの前身。朝鮮戦争当時の世界状況を反映して,OSSという同名の重要戦略が決定された。現代のコンピュータ・アーキテクチャの基本であるOpen Source Softwareである:探偵注)
本部長は何かメモを取りながら答える:「今からみればのんきな戦争だった。就任は10年後だった。もちろん,第一次大戦だがね。」
ヒギンズ:「苦労が懐かしいですか?」
本部長:「いや,当時はもっと単純だった。」
そこへ赤電話(ホットライン)が入る。本部長は電話に出る。そして一言だけ答えた。
「そうか。ありがとう」
そしてヒギンズに伝える:「ニューヨーク・センターが彼を迎え撃つ準備を完了したそうだ」
そうか,そうかとうなづくヒギンズに本部長は釘をさす。
「ヒギンズ,カンパニーの立場を忘れるな。いかなる障害でも排除したまえ」
入り口の明かりだけが点いた郊外にあるらしい夜の大邸宅。照明が落とされた一階居間兼仕事部屋のデスクを前にした安楽椅子に,随分無精ひげが伸びたターナーがサングラス姿で座っている。背後のステレオからはトム・ジョーンズ風のロック音楽が流れている。机上の手の届くところにコルトが置かれている…
まもなく,音楽に気づいて二階の寝室から家の主が降りてきたようだ。ターナーは静かに拳銃を手にする。部屋の入り口でスイッチを入れ,入ってきたのはナイト・ガウンを着た白髪で長身の男,アトウッドであった。ターナーに気づいて言う:
「誰だ?何してる?」
ターナーはじっとアトウッドを見据えると,手を後ろに回してステレオのスイッチを切った。そして拳銃を構える。
「君こそ誰だ?名前を言え。」そして立ち上がるとアトウッドに近づく。
アトウッド:「なんの用だ」
ターナー:「私がコンドルだ。」
そしてアトウッドに椅子に座るよう強制する。
ターナー:「作戦副本部長だな。担当は何だ。」
アトウッド:「中東」
ターナー:「狙いは何だ?目的は?なぜ文学史協会の職員を全員殺した?」
アトウッド:「知らん」
ターナー:「私のレポートは?」
とぼけようとするアトウッドを拳銃で脅す。
アトウッド:「読んだ。」
ターナー:「君の計画に触れたか?何をしようとしていた。言え,どんな陰謀だ?
書物のデータが陰謀を暴いたのか?オランダの本か?ベネズエラの本か?アラビアの推理小説か?」
アトウッドは苦し紛れに答える:「アラビアの...」
ターナー:「クソッ。そんな重大なことが」。そして気づく「油田か?」
アトウッドが消え入るような声で答える:「石油だ」
ターナー:「そうか,このくだらないことはすべて石油のせいなんだな?そうだな?」
アトウッド:「その通りだ」
突然,ターナーの背後から声がした。
「振り向くな。親指を撃鉄にかけろ。」ジョベアであった。
おとなしく拳銃の撃鉄を戻すターナー。
ジョベア:「動くな。銃を机の上に置け。」
ターナーが拳銃を机に置いたのを確認してから,ジョベアが机の方に近寄ってきてターナーの拳銃を左手に持つ。そしてターナーを後ろに下がらせるとアトウッドの横に立った。
ジョベア:「今まではよくやったが,今度の動きは読めたよ。」
そしてアトウッドを振り返ってにっこり笑う。アトウッドがほっとした笑みを浮かべた瞬間,
ジョベアはアトウッドのこめかみをターナーの拳銃で打ち抜き,驚くターナーを警戒しながら,アトウッドの手にターナーの拳銃を握らせた。
ターナーは驚きが隠せない。しかしジョベアは平然としている。
ジョベア:「他に触ったところはないか?」そして周りの手がかりをハンケチで拭き取った。
ターナー:「カンパニーに雇われたのか?」
ジョベア:「そうだ」
ターナー:「復職したのか?」
ジョベア:「アトウッドの件だけだ。」
ターナー:「カンパニーの人間なのになぜ?」
ジョベア:「理由に興味はない。あるのは,『いつ?』と『いくら?』と『どこ?』だけだ。ヤツは邪魔者になtったらしい」
そして処理を済ませるとターナーの方に振り返って大きく息を吐いた。
「君もだが」
ターナーはうなづいた。
「私もか」
するとジョベアはあわてて打ち消した。
「君に関しては私は依頼を受けていない。ここに現れるとは知らなかったようだ。私は知っていたが」
ターナー:「郵便配達夫は?」
ジョベアは死んでいるアトウッドの方を振り返って,彼であることを示唆した。しかし彼はもうこの始末になっている。つまり,不祥事の責任をとって自殺したことになったのだ。だから犯人などという者はどこにもいない…
ようやく飲み込めて来たターナーにジョベアが言う。
「もう行こう。」そして先に立って部屋の電気を消し,ターナーが外に出るのを待って,ドアの周囲をハンケチでぬぐった。
玄関に立つジョベアは仕事を終えた穏やかな表情をしている。一緒に歩き出したターナーにこんな声をかけた。
「彼女はどうした?」
ターナー:「彼女?」
ジョベア:「何を基準に選んだ?」
ターナー:「彼女?」
ジョベア:「年齢?車?容貌?」
ターナー:「偶然さ」
夜が明けつつあった。ジョベアが「送ろうか?」という。
ターナー:「ニューヨークに帰りたい」
車の近くまで来たジョベアは振り返ると,白い息を吐きながら静かに忠告のように言った。
「先が知れてるぞ。目にみえるようだ。ある日君が歩いている。春浅い日差しを浴びて。すると車が横に止り,ドアが開き,君が信頼している人間が降りてくる。作ったような笑いを浮かべてだ。ドアは開いたままだし,君は乗らざるを得ない。」
ターナーはその情景を思い浮かべながら言った。
「何でもお見通しなんだな。どうしたらいい?」
ジョベア:「ヨーロッパへ行け。はっきり言ってこの仕事は悪くないよ。平穏な生活が送れる。雇い主は沢山いる。自分だけを信頼してどちらの側にも立たないことだ。君ならばできる。」
しかしターナーは首を振る。
「私には耐えられない。私は合衆国生まれだ。長く離れていれば故郷が恋しくなる」
ジョベア:「気の毒に」
ターナー:「そうは思わない…。ユニオン駅まで送ってくれないか」
ジョベアはにっこりして「お安い御用だ」と言ってから車のドアを開けた。そして懐から拳銃を出すとターナーに渡した。
「役にたつよ。持って行きなさい。」(エンディングに続く)
コンドル(24)
ターナーのアクション・プラン(行動計画)は決まった。郵便配達夫の殺し屋がポケットに残したメモと鍵(賢い読者は,これが襲撃に失敗した時にターナーをおびき出すためのジョベアの罠でもあることに気づいたであろう。もちろん,ターナーも罠と知っていて計画を立てた。勝算があるのだ:探偵)を頼りにジョベアの居所をつかむこと,そしてジョベアの筋から本当の依頼人,首謀者を突き止めることである。ターナーはベル研究所の出身だ。電話に関する科学技術には長けている。車の中でキャシーに「CIAの内部にもう1つのCIAがある」と説明して,計画を実行に移し始める。冬の日は落ちるのがはやく,もう夕方になっていた。
街を歩けば必ずどこかで水道工事や電話工事をしているものだ(ニューヨークとはそんな街である)。ターナーは何食わぬ顔で現場の電源を切ると,工事が止まってあわてている現場の車からツール・ボックスを盗み出した。そして鍵のコピー屋に向かい,あの鍵がホリディ・イン・ホテルの819号室のものだと言うことを聞き出した(もちろん,小銭を渡して)。そしてホテルの自動電話交換室に潜入する。
ツールを利用して電話を819号室に繋ぐ。
ジョベアの部屋で電話が鳴る。自動電話交換室からはターナーの声で:
「おれは情報屋だがね。コンドルの立場は危険かね」
もちろんジョベアは応答しない。しかし,確認の電話をどこか(もちろん,アトウッドだ)にする。
待ち構えていたターナーはそのダイヤル・アップ信号をポータブルのレコーダに記録する。
ジョベア:「妙な電話が入った。コンドルの情報についての電話だ」
電話の相手:「そんなことで電話をするな」
ジョベア:「確認をするためだ。そっちには入ったか」
電話の相手は「いや」といって電話を切った。このやりとりをターナーも当然傍受している。
(ここは,もう素直に受け取れない。つまり,ジョベアはターナーの動きを察知して自分の次に打つべき手を決めたのだ。それは,ターナーに先回りしてアトウッドを殺すことである。)
ターナーは録音した信号をこんどはCIAラングレーの中央コンピュータに送る。彼はまだCIA要員なのだから,解析は受け付けられる。
コンピュータ室から応答があった:「その番号は202-227-0098だ。」(画面ではなぜか最後の2桁がXXとなっている:探偵注)ターナーはそれをメモる。次はCNA世界通信社に顧客係を装って電話をかける。CNAケーブル・ニュースはCIAの幹部なら必ず契約しているからだ。
案内係が応える:「そのお客様はレナード・アトウッドさんです。住所はマッケンジー・プレイス365」
ついに突き止められた。顔はまだ知らないが,作戦副本部長だったのである。ヒギンズの上司にあたる。
一方ヒギンズは夜のCIA本部に到着して対策を開始する。もうキャシーの家での出来事は把握されていた。まず資料から殺し屋をよく洗い出す。端末に出てきた郵便配達夫の名前はウイリアム・ロイド,元砲兵軍曹,経歴は「CIA海外勤務,レバノン,リビアなど」
そしてジョベアの身元を洗う。出てきた経歴は「爆破担当」であった。彼が実行した襲撃の際に炎上する車が資料として画面に出る。説明文は「フリーのG・ジョベア。推薦者はウイクスとロイド」。想像以上に恐ろしい男だった。
ヒギンズ:「知らなかった…」
夜の街。ニューヨーク電話会社の地下機械室に潜入するターナーがいる。外ではキャシーが車の中で待つ。彼が電話をかける先は?
ワシントンのCIA本部対策室だ。アトウッドも当然出席している。そしてそこにターナーからの電話が入った。
少佐:「はい,少佐」
ターナー:「コンドルだ。ヒギンズを」
少佐は電話を逆探知装置にセットしてから,ヒギンズに告げる:「コンドルです」
ヒギンズ:「ハロー,コンドル」
ターナー:「ホリデイ・インだ。819号室に問題の男がいる」
ヒギンズ:「君はどこにいる。」
ターナー:「静かに聞け。アトウッドは何者だ?」
ヒギンズは目線をちらとアトウッドに投げるが,気づかれた様子は無い。
ターナー:「どうした。友達だろう?」
本部長が怪訝な顔をする。「なんだね?」
そこへ少佐から逆探知の連絡が来た,「成功だ」。ヒギンズの「出せ」という指示に少佐が電話先を突き止めようとすると,考えられないことになんと50本以上の電話に繋がってしまっている。これでは相手の居場所を突き止められない…
手はすべて打った。ターナーに残されているのはキャシーをどうするかである。
夜のERIE- LACKAWANNA- HOBOKEN- TERMINAL(ワシントン行きの鉄道駅)。
待合室前でキャシーが煙草を喫っているところへ,切符を買い終えたターナーが来る。
ターナー:「煙草を喫うのか?」
キャシー:「止めていたの。3日前まではね。顔色が悪いわ」
ターナー:「照明のせいさ」
キャシー:「向こうでは」
ターナー:「男に会う。」
キャシー:「また秘密?」
ターナー:「君の写真と同じさ。」
キャシー:「そのうちあなたに見せたいわ。無事に戻れればね。」
ターナー:「ワシントンに来ないか?」
キャシーは煙草を吹かす。内心は行きたい。しかしこう答えた。
「無理よ。」そして付け加える「あなたにはすてきな点がたくさんあるわ。でも…」
ターナー:「どんな点?」
キャシーは黙ってターナーに体を寄せた。
「目がすてき。優しくはないけど,ウソはつかないし,逃げない目よ」
そしてよく自分に言い聞かせる:「惹かれるわ」
ターナー:「でもバーモントへ?」
キャシーはちょっと意外な顔をする。
ターナー:「そいつはタフ・ガイか?」
キャシー:「かなりね」
出発の案内放送が流れる。「ワシントン方面のお客様はお急ぎください」
別れの時が来た。男も女も明日を信じて生きていく他はないのだ。それはよく分かっている…
ターナー:「キャシー,僕には時間が必要だ。8時間位でカタが着く。バーモントへは直ぐに?」
キャシー:「ええ」
ターナー:「だれにも電話しないほうがいい。途中で止るな。二人のことは誰にも…」
キャシーは泣いている:「しないわ」
ターナー:「済まない。違うんだ」
二人は名残おしそうに抱き合った。「まもなく発車します」という案内の声が聞こえている。ターナーは後ろを何度も振り返りながら搭乗口に消えていった。
コンドル(23)
ブルックリン橋が見える人気のない河岸でヒギンズとターナーが対決する。
ヒギンズ:「レポートが読みたい」
ターナー:「待て待て,彼を知ってるんだろう?」
ここで観客は先にアトウッドとマックス・フォン・シドーの殺し屋が夜のワシントンで会っていたことを思い出さなければならない。
ヒギンズ:「プロの殺し屋だ。」
ターナー:「カンパニーの仕事を?」
ヒギンズ:「そうだ。契約エージェントだった。何処で会った?」
ターナーは答えないで逆に言う:「知っておきたい。」
ヒギンズ:「私には助けがいるんだ。」
ターナー:「なんだって?誰の為に?誰が雇った?」
ヒギンズ:「知らない。私なら雇わない。」
ターナー:「アイツの名前は何だ?」
ヒギンズ:「ジョベアだ。」
ターナー:「電話帳で見つけたわけではないだろう?」
ヒギンズ:「もちろんだ。コミュニティの中の誰かが雇った。」
ターナー:「コミュニティだって?」
ヒギンズ:「情報部のことだ。」
ターナー:「権力に任せて何でもやるんだな。ふん,コミュニティだって?」
ヒギンズ:「レポートを読みたい。」
ターナー:「本部で行方不明になった。」
ヒギンズ:「誰が読んだ?」
ターナー:「ウイクスの他に?
教えろ。私は本部も知らないような情報をまとめて報告した。
だがなぜ俺をつけ狙う?つまり本部の秘密を偶然暴露してしまったのか?
誰かがウソをついている。どうした,なぜみんな隠す?」
河の対岸を見ながら背を向けているヒギンズが答える:「私は隠さない。私の知らん秘密もある。」
そして振り返ると言った:「本当に知らないんだ。」
ターナー:「ウイクスに訊け」
ヒギンズ:「死んだ。誰かに生命維持装置を外された。」
おどろくターナー。事態の複雑さが分かった彼はヒギンズの背中に向かって真剣に言う:「保護してくれ」
ヒギンズ:「内部に怪しい動きがあるなら,かえって危険だ。」
ターナー:「じゃあ,どうしたらいいんだ?」
ヒギンズ:「気の毒だ。」
ターナー:「気の毒?たったそれだけか?分かった。俺に標的になれと言うんだな?射的場のクマみたいに。」
ヒギンズ:「我々も必死で真相を調べている。」
ターナーはもう取り合わない。「あばよ,今後は俺の方から連絡する」
ここまでで,ヒギンズも首謀者が誰かもう検討がついているのである。今後の展開ではそれを頭に入れておいていただきたい。少なくとも,ヒギンズが直接の敵ではないことが分かった。(のだろうか?,と探偵は疑問を投げかけてから次に続く)。