映画探偵室 -1974ページ目

さらば愛しき女よ(2)

「俺のヴェルマを探してくれないか?」

おれのヴェルマを  すべての事件は,あの有名なグレード・ベンド銀行強盗事件で8万ドルの強盗を独りでやってのけ,7年の刑を終えて刑務所から出てきた大男,大鹿マロイ(ムース・マロイ,元へヴィー級ボクサーのジャック・オハーロン,「スーパーマン」でも巨漢役で出演している。2mを超える長身)の依頼から始まった。彼はマーロウの言う「人を腐らせるような仕事」で,学校では優等生でありながら家出して不良となった金持ちの娘を連れ戻しに行ったいかがわしいダンスホールでマーロウを見かけ,その仕事の一部始終,迎えの車に乗る直前に娘がマーロウにキン蹴りを喰らわせる場面まで見ていたのだった。上の台詞は,名前を名乗ったとたんに走りざまの車から銃撃され,マーロウの咄嗟に「伏せろ」という注意によってマロイが難を逃れた後での言葉。マーロウは銃撃されても顔色1つ変えないこの男に,ある種の純情を感じて依頼を受けることにする。
しかし,そんなにまでして逢いたい女,ヴェルマとはどんな女なのか。

「その,ヴェルマとかいう女はどういう風なんだい?」



Lace pants 「色っぽい(Cute)のさ。レースのパンツ(編みタイツ)みたいに。」
「そりゃあ,やってみる価値はある。」
 (二人はマロイの言う心当たりのダンスホール,「フローリン」へと向かった(続く)

さらば愛しき女よ(1)

ヘッドライトがゆっくり走る夜のゴールデン・ゲート・ブリッジ,そしてサンフランシスコの街並み。画面が下町の一角へと移ると,トロンボーンが奏でる気だるいメロディーをバックに,咥え煙草の男が安ホテルの窓から外を眺めている


過ぎ去った今年の春は,私が初めて疲労を感じ,自分が年を取ったことに気づいた季節だった。

  これは恐らくこれまでなかったような湿めついた天気のせいか,あるいは自分が関わった人を腐らせるような事件のせいだったのだろう。私のやった仕事と言えば,行方をくらました数人の夫を捜し出したり,いったんは見つけ出された数人の妻たちの行方をまた捜すことだった。しかしその支払いもとうに済んでいた。

  あるいは単純な事実として,私が疲れ,年を取ったということかも知れない。

  私の唯一の楽しみは,ニューヨーク・ヤンキースのジョー・ディマジオが特急列車の如く快進撃するのを追い続けることだった。

  そして今はもう月の半ばで,物事は春よりもいっそう悪い方に向かっていた  

注1:ジョー・ディマジオは最初3A球団のサンフランシスコ・シールズからプレイヤーとしての経歴をスタートさせた。ここで61試合連続ヒットという記録を達成したディマジオがベーブルース無きあとのニューヨーク・ヤンキースと契約を交わしたのが1936年で当時まだ26歳の若さだった。この年,1941年,56試合連続ヒットという不滅の記録をうち建てた。

注2:ヒトラーは既にポーランドからソ連へと侵攻しており,日米の関係もすでに引き返せない所まで来ていた。当時の合衆国大統領はフランクリン・デラノ・ルーズベルトである。ルーズベルトが日本への宣戦布告書に署名したのは1942年,この翌年になる。

ロバート・ミッチャムのフィリップ・マーロウ:「さらば愛しき女よ」

-ロスト・ジェネレーションと運命の女

DVDイメージ
 道徳的なものしか見えない人や,あるいは,これまで順風満帆の人生を歩んで来て挫折など一回も経験したことのない,それが当たり前と思っているような人は,この映画の「視線」が分からないだろう。世界にはあまねく陽が当たっているなどとお目出度くも考えていたり,自分は陽の当たる側に常にいると考えている人には,ハード・ボイルドなど無縁に違いない。既にすべてを失っているのに,尚この汚れた(よごれた)世界で何かを追い求めるような大人でなければ,ハード・ボイルドは語れない。ハード・ボイルドはフィッツジェラルド,ヘミングウェイ,ダシル・ハメット,そしてレイモンド・チャンドラーに代表されるロスト・ジェネレーションの文学である。

他人の恥部を取り繕ったり,時には加担したりして金を得ている探偵稼業を続けてもう随分なる。背広はくたびれ,ワイシャツの襟も汚れてはいるが,しかしまだトレンチ・コートを着崩さず,きちんと帽子も被る…男の矜持。

このような役を演ずる俳優としてロバート・ミッチャムほど相応しい男はいなかった。読者の中にはハンフリー・ボガートのフィリップ・マーロウを好む方々もいるとは思うが,ワタシにはロバート・ミッチャムの方が断然,自然体に見える。演技をしているのではない,本当のロバート・ミッチャムの意地が見えるような気がする。


 この映画のキーになるのは,そのような探偵が追い求める2つの夢,対照的な2つの面影である。1つは運命の女,そしてもう1つは陽の当たる場所にいて奇跡を成し遂げつつある「男の中の男」,ジョー・ディマジオだ。映画は探偵のモノローグから始まる(乞うご期待)。