さらば愛しき女よ(8)
迷走の始まり:
簡単に見えていた筋書きが「写真が偽モノだった」ことで一転して謎となった。不安になって三日月ホテルのトミーを訪ねてみると,2,3日前から外出したまま帰っていないという。「パパは帰ってくるの?」という少年の問いにマーロウはこの事件が意外に深いものであることを感じ始めていた。翡翠取り戻しの依頼を処理する間にも何度もホテルを訪ねてみたが,トミーは帰っていなかった…
真夜中の車の中で前金を受け取り,段取りどおり海岸の柵のところに車を停めて,マーロウは辺りを見回りに行く。確かにマリオットは車から離れるなと止めたのだったが。浪打ちぎわまで来たところで車のドアが閉まる音が2回した。「えっ?」と思った瞬間,背後から襲われてマーロウは意識を失った。
どれほど時間が経ったのか,懐中電灯の明かりに照らされ,もうろうとした意識のまま起き上がって車に戻って見ると,マリオットは殺されていた。懐中電灯は警察官だった。
何が起こったのか。マーロウは所轄署であのいけ好かないロルフの尋問を受けることになる。
「あの車はどうしてあそこにあったんだ?」
「おそらく妖精が運転してきたんだろう。」
「お前のポケットの金は何だ?」
「国債の払い戻しを受けたのさ。」
「お前の説明は?」
「誰かがマリオットから大金を奪って,俺を犯人にしたて上げようとした,あるいはマリオットをどこかで殺して運んで来たのかもしれん。」
「一応,つじつまは合っている」
口を割りそうにないマーロウを見て刑事部長が自分の執務室にマーロウを招き入れた。
「マーロウ,この事件から手を引け。マリオットは大金を持ってメキシコかどっかに逃亡したことにしよう。検察官からの指示だ。」
「死んだとは云え,俺の依頼主だ。俺のせいで殺されたのかも知れないし,仕事は最後までやるよ。」
マーロウは一連の事件が裏で繋がっており,事件の陰に自分の行動を邪魔しようとしている者の存在をを感じ始めた。マロイに頼まれたヴェルマを探すという行動が。(続く)
さらば愛しき女よ(7)
新たな依頼:翡翠のネックレス
私は2日で仕事を片付けた。ディマジオは連続ヒット試合を33試合に伸ばし,新記録まであと9試合となっていーた…
「ジョージー,5ドルはもう俺のもんだな。」
「いや,まだ9試合残っている。勝ち続けるのは容易じゃないぜ。ところでヒットラーって奴は何者なんだ?ロシアに侵入したらしいぜ。」
「そんなことはもうナポレオンが先にやってるよ。そんなのより42試合連続勝つことのほうが大変さ。」
-仕事がまたヒマになる予感がした。銀行の残高も底をついて来た-
しかし,事務所に帰ってみると,新しい仕事の匂いがした。香水の匂いをさせたしゃれ男がドアの前に座っていたからだ。
「私立探偵のフィリップ・マーロウさん?推薦を受けたもので。」
「そうです。どうぞお入りください。」
リンゼー・マリオットと名乗る依頼人は「口が堅いか?」と念を押した上で,マーロウに拳銃を持っているかと訪ねる。大金を運ぶので護衛をして欲しいというのだ。
「推薦人の名前は?」
「明かすわけにはいかない。名前は電話帳で見つけた。マーロウという名前が気に入ったから…」(注1)
「Fei Tsui(フェイ・ツイ)翡翠というのを聞いたことがあるかね?知り合いのご婦人の所から盗まれた。それを買い戻すんだ。」
仕事に異存はない。段取りを決めるとマーロウは部屋を出て行く依頼人がサインボールを持って行きそうになったので,あわてて声をかける。
「あんたの名前も気に入ったよ。」
気がついてボールを戻したマリオットが部屋を出て行くのとすれ違いに刑事たちが入ってきた。
「フラワー・ショウをやっていたみたいだな,マーロウ。水仙お買い上げのお客様がお帰りになったってわけだ。」
「なに,あんた達が来て臭くなりそうなので香水を撒いといたのさ。」
「呼び出せばマロイが出頭すると行ったじゃないか。どうして来ないんだ。」
「この男(部長刑事の部下の刑事)が気に障る。あんた1人になら話す。」
部下の刑事は気色ばんだ。
「お前に侮辱される覚えは無いぞ。」
部長が「頼むからとにかく外に出ていてくれ」と部屋の外に押し出した部下の刑事の背中にマーロウが追い討ちをかける:
「ドア・ノブを盗んで行くなよ。」
「マロイを出頭させなきゃならん。2階の連中(警察上層部のこと)がヤキモキしてるんだ。」
「させないと言ったらどうなる?お前さんの新しい背広が取り上げられてしまう,とでも言うのか?」
「大きなお世話だ。」
「キング・コング以来,俺は恋するゴリラの強い味方になったのさ。」
「お前は協力すると約束したじゃないか。」
「協力するって何を?黒人の死体が1つできただけじゃないか。だれがそんなこと構うか?誰がマロイを殺そうとしたんだ?」
「今調査中だ。」
「誰が責任を取るんだ?ビリー・ロルフか?」
「そりゃ,どういう意味だ?」
「あの刑務所返りが黒人を1人殺した。正当防衛だ。それでカタが着いたんじゃなかったのか。それが突然逮捕するなんて言い出して。俺の立場にもなってくれよ。」
「我々は警察,お前は一介の私立探偵だ。免許を取り下げることもできるんだぞ。」
「指に紐で縛り付けておくさ。」
「わかった。あとで必ず連絡しろ。」
「ムース,気の毒だ。彼女は出て来れないんだ。カマリロ精神病院にいる。」
「嘘付け」
「そうだと良いんだが。」
「だれか人違いじゃないのか?」
マーロウが写真を見せると,マロイは一目見て写真を破り捨てこう言った。
「俺はヴェルマを探してくれと頼んだんだ。こんなゴミみたいなもの出しやがって。」
「なぜだ。これはヴェルマじゃないのか?何かの間違い…」
マロイは腹を立てたまま中華料理屋を出て行った(続く)。
さらば愛しき女よ(6)
手がかり3:リンダ・ギルバート
― 過去7年間でハリウッドを通り過ぎて行ったレース・パンツのように色っぽい女は数多くいた。その殆どは事に及ぶ際にそれを脱ぐのが当たり前であった。クラブを経営している友達から,その殆どの女達を扱ったエージェント(タレント斡旋所)を教えて貰った…
「キュートでちょっと赤毛,歌えて踊れる女ねえ。でもこれはヴェルマ・ヴァレントじゃない。何て言ったっけ。私は決して顔を忘れたことはないんんだ。綺麗な脚もね。そう,これはリンダだ。リンダ・ギルバート」
「今どうしてる?」
「Busby Berkeleyの映画(注1))に2,3本出た後で,気が狂っちまった。今カマリオ精神病院にいるよ。」
精神病院をたずねて見ると,車椅子に座り,あたりの事も全く認識できなくなっている,名前を変えたヴェルマ・ヴァレント,リンダ・ギルバートがいた。これではムース・マロイだけでなく,誰にも連絡は取れなかったのは当たり前だった…
マロイには気の毒だったが,仕事は思いのほか簡単に済んだ(続く)
注1:ミュージカル映画の有名な振付師,監督。その独創的な構図の取り方で一世を風靡した。映画「ザッツ・エンターテインメント」に出てくる大半の映画は彼の手になるものである。
注2:このエ-ジェントの社長はなぜかロバート・デ・ニーロに似ている。ハリウッド周辺にはイタリア系が多いことを暗示している。

