さらば愛しき女よ(14)
モーテルでの銃撃戦
車でマロイを郊外のモーテルに送って行くと,マロイは「うん」と頷いて1人でモーテルの部屋に向かった。目立たないようにと車を引き返そうとしたマーロウは建物の陰に黒い車が停っていることに気づく。罠だ!すぐ車をUターンして引き返し,マロイに叫んだ。
「伏せろ,マロイ」
マロイが車の陰に倒れ込むのと同時にモーテルの入り口にマシンガンを持った黒服の男たちが現れ,マシンガンを乱射してきた。
マーロウも車の陰から応戦し,その拳銃の腕で二人を仕留めた。銃撃戦が終わり,モーテルの部屋に入ってみるとヴェルマはいなかった。
「やつらがヴェルマを隠しているにちがいない。」
マロイはヴェルマを微塵も疑うことなく次回の連絡を期して去って行った
間も無くナルティ一行がモーテルにやってきた。あのいけ好かないロルフも一緒である。
ナルティ:「こんどマロイが現れたら俺に連絡すると約束したよな?憶えてるか?」
マーロウ:「刑事部長が俺を首にするといったのを,憶えているよな?」
ナルティ:「こんな大っぴらに騒ぎを起して冗談など言ってる場合か?3人を殺した犯人としてお前を逮捕することもできるんだぜ。」
そして死体を調べていたロルフに言う。
ナルティ:「そいつの顔を見たことがあるか?」
ロルフ:「いや,マーロウに聞いてみたらどうだ?」
ナルティ:「女の名前は何と言ったっけ,彼女はやつらの所にいるのか?」
マーロウ:「よし,行こう。」
行き違いの原因を説明しようとしてナルティ達をパトカーごとジェシーの家に案内すると,家からはダンス・ミュージックが流れているままで,ジェシーは既に殺されていた…
家の中を調べていたロルフはシガレット・ケースのようなものを見つけるとこっそり自分のポケットにしまった。
マーロウは居間にあったグラスの下にあったはずの自分の名刺が無いことに気づき,懐から「染み着き」の一枚を取り出して合わせて見る。(注1)
これで謎は解けた。そして,今度は自分が姿を消す番だ。
場面は冒頭の安ホテルに戻る。ナルティがわざわざ「白雪姫」の合言葉を使ってマーロウに合いに来た場面である。ここまではマーロウがナルティに対して事件の成り行きを説明をしていたのだった。(注2)
マーロウ:「これで分かったろう。マリオットの死体の傍に俺の名刺が落ちていたわけが(注1)。
ホテルのベッドに座っているナルティ:「つまり,両方は互いに相手を知っていたわけだ。」
マーロウ:「昨日マロイはヴェルマに会いたいと連絡してきた。おそらく,奴らはムースの襲撃に失敗した後でフローリアン夫人を殺したんだ。」
ナルティ:「奴らって誰だ。」
マーロウ:「ここに到っては,脅しがヴェルマ本人から出ていることは間違いないだろう。だから俺の方でも意思表示をした。すると果たして連絡があった。奴らはトミー・レイが俺に偽の写真を渡して,その仕事に掛かりきりになるように仕向けた。そしてヴェルマにはムースに電話するよう言った。ムースが務所から出てくるまで匿っていたのだろう。」
ナルティ:「なぜ?」
マーロウ:「ムースを呼び出してモーテルに連れて行ける者がヴェルマ本人以外にいるとは思えない。そしてその瞬間がトミー・レイとフローリアン夫人の最後の時になったのだ。」
ナルティ:「なぜこの推理を俺に話す?」
マーロウ:「裏にレヤードがいる。そしてレヤードの手下は警察の中にもいる。俺はムースを連れてあの湾上のカジノに行かねばならない。警官の後ろ盾がなければ生きて帰れるとは思えない。」
ナルティ:「俺はお前を逮捕したくなかった。警察を首になることにこだわってきたわけじゃない。」
マーロウ:「ありがとう。だが今俺が欲しいのはもう一杯の酒だ。おれがやって来たことは皆んな無駄になった。俺には休暇が必要だ。今俺が持っているのは帽子とコートと,そして拳銃だけだ。二人は長いつきあいだったよな。俺を行かせてくれ。そうしないとトミー・レイの息子の亡霊が一生俺に憑りつきそうなんだ。」
ナルティ:「ブルネットはお前が行くことを知っているのか?」
ナルティ:「5分くれ。街に戻ってお前の望む手配をしよう。」
二人は並んでホテルの窓から外を眺めた。
マーロウ:「ありがとう,ナルティ。」
ナルティ:「いいとも」(続く)
注1:ここで取り出した名刺はマリオットの死体の傍に落ちていたものである。原作ではマリオットとマーロウはマーロウの車で峡谷まで行き,マーロウは車を離れたところで襲われた。気がつくと海岸にいて,マリオットはマリオットの車の傍で死んでいたのだ。名刺は海岸の方にあった,ことになっている。
注2:これは「映画内時間の進行」,つまり「意識の流れ」の問題である。詳しくは後のレビューで説明する。
さらば愛しき女よ(13)
-私はこれまでの人生で最も過酷な数分間を経験した後で,一週間ぶりに自分の事務所に戻った。トミー・レイの妻に未亡人になったことを告げなければならなかったからだ。そして子供にはもう父親が永遠に帰って来ないことを言わなければならない…
しかし,ディマジオは依然として力強く前進を続けていた。自己記録を更新しつつあった。彼は永遠にヒットを放ち続けるだろうか?それもありそうに思えた。彼はまだ26才だし,陽の当たる場所で野球をしているのだ。彼は少年達が応援する声を聞くのであって,泣き声を聞いているのではない…
事務所でこれまでの経緯を検討しなおしているマーロウに電話が入る。グレイル夫人からだった。
「あたしよ。」
グレイル氏がキャンペーン用にパーティを開くが,付き合うのがうっとうしいので,そこから自分を連れ出して欲しいという。
約束どおりに高級クラブへ行って見ると,グレイル夫人は立派に夫人として振舞っていた...
マーロウの姿を見ると,すぐ席を外してバー・カウンターの方にやって来た。
「時間に正確なのね。」
「ずいぶんお偉いさんが沢山いるじゃないか。」
「みんな政治の世界の人間よ。味方もいれば敵もいるわ。」
マーロウはやや離れた席に座っている男を指して尋ねる。
「ブルネットはどうなんだ。あいつは敵か味方か?」
「味方よ。彼はこのクラブのオーナーなの。」
「奴が政界からはヤクザと看做されていてもか?」
そこへ,ボーイがブルネットからの伝言を届けに来た。重要な話があるという。
「行って。わたしとは後でね。」
LAきってのマフィアであるレアード・ブルネットはマーロウの旧敵である。相手を牽制しながらの挨拶を終えると,まずマーロウから質問した。
「マリオットはなぜ死んだんだ?」
「やつはグレイル夫人と組んで博打で大穴をあけたのさ。ところで,もし暇なら俺の仕事をやらないか?条件は?」
「金額だけさ。」
「分かった。2000ドル出そう。ムース・マロイを俺のカジノに連れて来てくれ。手下や警察の友達にやらせようとしたのだが,うまく行かなかった。」
「キャッシュか,それとも後払いか?」
ブルネットは笑って懐から現ナマを出した。
「できれば早いほどいい。」
ブルネットのテーブルに来て挨拶したグレイル夫人はマーロウを外に連れ出した。
「どこに行く?」
「あなたさえいれば場所は何処でもいいわ」
「彼女は信じられないほど美しかった。何か特別な人間だった。
本当に価値があったんだ,ナルティ」(注1)
グレイル夫人と別れて帰る途中の車が近寄ってきた車に銃撃を受け,フロント・ガラスが粉々に割れた。明らかに脅しをかけられている...
ならば,こちらからも手を打つチャンスだ。マーロウはジェシーを再度尋ねることにした。
家に行ってみると,その後明らかに来客があった様子である。
「トミーが殺された。力を貸して欲しい。ヴェルマに直接連絡する方法はないか?」
「いまでも決まった時間に電話してる。だけど,直かに話ができるのはムースだけよ。」
「じゃあ,今度連絡があったら,私にまず電話してくれないか。ムースの連絡先を教えるから。」
事務所に帰ると今度はムースから電話が入った。マーロウはジョージーの家でムースがヴェルマからの電話を待つ段取りをつけた。そして三人で電話を待っているとほどなくヴェルマから電話が入る。
「Hiya, Babe」
ムースの表情でそれがヴェルマ本人であることがはっきり伺えた。少し先のモーテルで待っているという(続く)
さらば愛しき女よ(12)
魔窟からの脱出:
-部屋には煙が充満していた。煙は細いまっすぐな線になって立ち上り,そして細かい透明なビーズのカーテンのように降りている。それは空気にも溶けず,漂わず,動きもしなかった。まるで何千匹もの蜘蛛が織った灰色の巣のようだった。私はそんなにも多くの蜘蛛がどのように協力し合えたのかをしきりに考えようとしていた…
「ようし,マーロウ。お前は身長が6フィート,体重が190ポンドのタフな男だ。打ちのめされ疲れ切ってはいるがまだまだ筋肉は固く,ガラスの顎じゃない。二度尻もちを着き,麻薬は打たれたがまだ2匹のネズミがダンスを踊るほど狂ってはいない。で結局どうする?いつも通りやるだけさ。さあ,本当にタフなところを見せろ。起き上がれ。」(注1)
マーロウはドアを目指して這いずって行く途中で誰か別の人間が部屋の中にいることに気づいた。
悪夢の1つであれと願いながら,ライターの火を近づけてみると,それはトミーだった…
― 彼はもう2度とトランペットを吹くことができなくなっていた。
私は打ちのめされて,ベッドに戻ることにした。ベッドが世界中で最も美しい場所のように感じられたのだ。そのベッドは奴らがキャロル・ロンバード(注2)のところから持ってきたに相違なかった。彼女には柔らかすぎたのだろう -
しかし,ベッドに横たわったマーロウは部屋に近づいてくる足音を聞いて,新たに作戦を立てる。死んだ振りをすることだった。
「おいお前,アンソールさんがお呼びだ。」
マーロウはいきなり男に飛び掛って拳銃を奪い取った。それを手にようやく部屋の外へと出る。
「意識のあるうちにここから脱出しなければ」
もつれる足を必死に動かしてなんとかバルコニーのような所に出てみると,この建物が植民地時代の古い館であり,それをそのまま改築せずに「最も古い職業」のために使っていることに気づく。幾つかのドアをそっと開けてみると,そこには魔窟の風景があった。別のドアの向こうからも女の病的な笑い声や,すすり泣きの声が聞こえている…
マーロウはフランシスの部屋を探し当て,中で金を勘定していたフランシスに銃を突きつけて事情を探る。しかし,フランシスはムース・マロイについても,マリオットについても知らん振りをした。マーロウが拳銃の意味を改めて教えて,聞き出そうとした矢先に,売春婦の1人が「娘さんが男とベッドに入っている」と知らせに来た。フランシスはマーロウの制止も聞かずすっとんで行き,ベッドインしている娘を引きずり出して殴りつける。
「God Dam Tramp! (この売女!)」(注3)
泣き叫ぶ娘と揉みあうフランシスに,相手の男(シルベスタ・スタローン)が発砲した。フランシスは何発も弾を受けて即死した。
思いがけない展開に,館は騒然となり,中にいた者達もいっせいに逃げ出した。マーロウもそれにまぎれてようやく脱出に成功した。
安全な場所は1つしかなかった。マーロウは夜の街を必死で歩きとおし,ジョージーに助けを求めた。部屋の中に倒れこんで来たマーロウにジョージーは言う。
「マーロウ,まるでジョー・ルイス(注4)と10ラウンドまで闘ったみたいじゃないか。」
「ディマジオはやったかい?」
「もちろんさ。」(続く)
注1:“OK, Marlowe, You are a tough guy, Six feet of iron man, 190 pounds stripped and with your face washed. Hard muscles and no glass jaw. You can take it. You’ve been sat down twice, You’ve been shot full of hop, until you’re as crazy as two waltzing mice. Now what does all that amount to? Routine. Now let's see you do something really tough, like getting up.”
注2:キャロル・ロンバード
ハリウッドのセクシー女優。後にクラーク・ゲーブルの妻となった。
注3:前にジェシーはヴェルマ・ヴァレントを「流れ女」と呼んだが,Trampは女性に使った場合は最下層の売春婦を意味するものである。
注4:ジョー・ルイスは当時のへヴィー級チャンピオンである。



