映画「1984」:(2) あれは3年前のことだった
奇妙な電子音とともに国旗が現れ.. ビッグブラザーが今日も見守っている。
「30才から40才のグループ,腰のところからまっすぐ腕を上げて,はい,イチニ,イチニ」
「そこの6079番,スミス,そう,あなたよ。手が床に届いていない。

私を見て。私は39歳で4人の子供がいるけど,体はこの通り。はい,私のようにやって,イチニ,イチニ」
噂を聞いたかい?
チョコの配給が25グラムになるそうだぜ。」
「本当かい?」
「ああ,ダブルグットだ。」
エレベータが動かないのは毎度のことである。
当たり前のように皆,階段で降りる。
「時に剃刀の余りを持っていないか?」
「悪いな兄弟,ボクのも最後の一枚なんだ。」
テレスクリーンからは最新の「進歩」について次々と数字が挙げられていく。
日用生活品から科学技術の成果,そして新型の爆弾まで。
今日の仕事は失脚した党幹部をアンパーソンすることだ。彼はもともとこの世にいなかったことにして,代わりに既に戦死した男をその位置に据える。
「昨日の囚人達の絞首刑を見たかい?」
「いや,直接見れなかったからテレスクリーンを見ようと思っている。」
「剃刀の刃は残っていないかい?」
厨房内のプロレタリアのおばさんはなぜ生き生きしているのだろう...
あそこにあの女がいた...こちらを見ている。
「ニュースピーク委員会はどうだい?」
「ああ,進んでいる。
無駄や不規則を完全に払拭する努力をしているところさ。一番無駄なのが形容詞だ。」
これを見ろ。肉のように見えるし,肉の味もする。だが肉じゃない。
これがダブルスィンク(二重思考)だ。そうでないものもそうだと考えることで真実となる。まさにダブルグッド(Betterという意味のニュースピーク)だな。
向こうの席であの女が熱心に何かを話している。向こうの調理場の女はプロレタリアだ

3年前,私はプロレタリア区域に行った....
酒場も覗いてみた。みんなジンを飲んで陽気にやっている。中には人前でいちゃついている男と女もいる。
ソートポリスが来た。
しかし,尾けられているのはスミスの方だった。
「栗の木」カフェにも行ってみた。
- 大きな栗の樹の下で,私はお前を売り,
お前は私を売った...
アンパーソンされたラザフォードがテレスクリーンに登場しており,それにそっくりな男がチェスをしている。
街角にはプロレタリア少女のスパイ。
プロレタリアだが上品な老人が店の奥から現れた。
映画「1984」:(1)ウィンストン・スミスの或る一日
「過去を管理するものは,未来を管理する。
現在を管理するものは,過去を管理する。」
賛美歌のような国家が流れると,そこには大きなホールで祖国の栄誉を讃える画像を食い入るように見る人々の後ろ姿。巨大テレスクリーン(注1)の両脇には,Vの字の上に連帯を表す握手した手をあしらい,下に「INGSOC」というスローガン様の言葉が描かれた国旗がライトアップされている。祖国とそこで生きる人々の画像が次々と映し出される中,力強い,誇りに満ちたナレーションが聞えてくる…
「これがわたし達の祖国,平和と豊穣の地,調和と希望の地。
これが私たちの祖国…オセアニア。
労働者,闘争者,建設者たち。
これが私たちの人民だ…
私たちの世界の創立者,
日々の労働で斗い,戦場で戦い,血を流し,そして死んでいく」(注2)。
彼らとは誰だ?それは暗黒の軍隊,
暗黒の殺人者集団,ユーレイシアだ。
「突撃!」
革命の裏切り者,ゴールドスタイン。
彼は呼びかけている。- 「党」などというのは政府の創りあげた幻だ。
人々は憎しみを込めて,声の限りに叫ぶ。
「この裏切り者!」
そして画面が荘重な音楽と共に革命の指導者ビッグ・ブラザーに変ると,
その威厳と慈愛に満ちた姿に歓喜の涙を流すのだった。
彼の名はウインストン・スミス(ジョン・ハート)。真実省,フィクション部(注3)の職員の1人だ。青い職員用制服を着ている。小型テレスクリーンが備わった個別ブースの1つで,過去のあらゆる記録を現在の「党」の方針や実情に合うよう,改竄し,抹殺し,創作する係りである。指示書はエアチューブから送られてくる。それに従いテレスクリーン前の入力装置を操作すると,訂正すべき文書の参照番号が画面に現れる。
過去の新聞で発表された週当たりのチョコレートの見込み配給量を,現状に合わせて「20グラムから25グラムへ」に直すのだ。古い新聞には「1984年度の配給量は30グラムとなる見込み」,と書いてあったからである。「党」はいつでも決して誤ることはない。彼は常に真実を創作しているのである。訂正箇所をマーキングすると,すぐさま電話に向かって訂正内容を口述する。そして指示書をストーブにくべて焼却すると,マーキングした新聞を再度エアチューブで送る。これが彼の毎日の仕事だった。当然ながら,仕事内容を他人に語ることは禁じられている。
厳しい目をしたビッグ・ブラザーがどこでも,いつでもテレスクリーンから人々を見守っている…
2050 NEWSDATE
OLDTHINKERS UNBELLYFEEL INGSOC
THINK IN NEWSPEAK
IF YOU HAVE A PROBLEM CONSULT 10TH
NEWSPEAK DICTIONARY(注4)
街中の到るところにテレスクリーンがあり,かつてゴールドスタインの思想に共鳴して「党」を裏切った男の顔が映し出され,その告白の言葉が流れている。勤務が終わったウインストンが真実省のビルから出てきた。疲れきった足取りで瓦礫の通りを歩き,荒れ果て寂れたヴィクトリー・マンションの一室に帰宅した。
部屋の前には輝かしいビクトリー・バッジを着けた少年団員(注5)がウィンストンをじっと見ていた。
“Thoughtcrime is death.
Thoughtcrime does not entail death.
Thoughtcrime is death.
(ソートクライムは死だ。
ソートクライムは死で終わらない。
ソートクライムは死だ。)
I have committed, even before setting pen to paper…
the essential crime that contains all others in itself.”
(私はこの罪を犯した。宣誓書にサインするずっと前から,
すべての他人を巻き込むこの罪を犯していた。)
彼は「テレスクリーン」内の「ビッグ・ブラザー」の視線が届かない壁面のレンガをゆっくり外し,中からまだ何も書かれていない1冊の「日記帳」を取り出した。
そして彼は書き始める…
April the 4th, 1984, I think1984年,4月4日,だと思う。
to the past or to the future…
過去へ,あるいは未来へ…
to an age when thought is free.
物を考えることが自由な時代へ,
From the Age of Big Brother…
ビッグ・ブラザーの時代から…
From the age of the Thought Police…
ソートポリスの時代から…
from a dead man… greetings!
1人の死んだ男より…こんにちは!
彼はほとんど忘れかけている過去の記憶を必死にたどる。それは3年前のことだった(続く)。
注1:2007年現在のプラズマ大画面などを考えれば,旧式に見えるだろう。しかし,この小説が書かれたのは1947年なのだ。しかも,現在ですら達成されていない重要な機能を持っている。それについては後述。
注2:映画用に使われているのは明らかに第二次世界大戦時の戦場のドキュメント・フィルムである。最後の戦場のシーンは「突撃!」と叫ぶ兵士のアップである。
注3:世界は3つの大国に分かれている。オセアニア,ユーレイシア,イーストエイジアである。革命以後もオセアニアは常にどちらかの国と同盟を結び,どちらかの国と戦争状態が続けている。オセアニアの政治体制は戦争を担当する「平和省」,思想を取り締まる「愛情省」,文化を担当する「真実省」,産業を担当する「豊穣省」などからなっており,だれも実際には会うことのできない「ビッグ・ブラザー」の指導に従っている。
人民は政府職員,農工業労働者,兵士で構成され,その下に旧時代の生き残りであるプロレタリアがいる。彼らは「進歩の見込みのない」存在として国民のうちには数えられていないが,限定付きで昔ながらの土地に住み,昔ながらの生活をしている。
注4:オセアニアの母国語であるニュースピークで書かれたニュース記事。
「旧時代の思考法に固執する者はINGSOCを心底理解することはできない,
ニュースピークで思考せよ
何か問題を感じたらすぐニュースピーク辞典の第10版を参照すること。」
と書かれているらしい。「INGSOC」が何を意味するのかは小説内でも明かされていない。恐らく標語のようなもので,常に進歩しつつある社会,「前進社会」とでもいう意味であろうか。解釈のしようによってはトロツキーの理論である「永久革命」と言えるかもしれない。実際ゴールドスタインの顔はどこかトロツキーに似ている。
また,最上段の数字2050がニュースの番号を表しているのか,それとも「オセアニア年2050年」という意味なのかは分からない。
NEWSDATEという言い方には,ニュースという意味と,最新の(up to date)という意味が合成された日付,という含意があるものと思われる。
後の解説でも取り上げるが,このニュースピークの文法規則を細かく定義した部分がオリジナル版では巻末の補足に載っていた。
注5:制服に身に包み,半ズボンにスカーフを巻いているこの「ヒトラー・ユーゲント」のような少年はソートポリス(思想警察)に奉仕する役目をもち,あらゆる「不正」(ソートクライム,思想罪という。摘発されれば死刑以上の致命的な罰が与えられた)が発生しないか見張っているのである。見つけ次第密告するのが使命である。それがたとえ親であろうとも。映画では語られていないが妻とは少し前,いや随分前,に離婚していた。彼が辛うじて記憶しているのは20年ほど前に世界大戦があったことである。その時にロンドンと思われるこの国の首都も壊滅的な打撃を受けた。ウインストンが記憶を辿っている上記の画像に「核戦争」という言葉が見える。
映画「1984」の序文
お断りと質問の提出:「1984年」という映画について
ジュリア:「ほら,見て」
青い地球の上の、日本を初めとする北半球の国々は今いっせいに緑の季節を迎えている。ところで、今は西暦で何年でしたっけ?
ジョージ・オーウェルは最後の作品として人類終末の話である「1984」を1949年に発表し、そして1950年にこの世を去った。以後この小説は世界中で広く読まれたが、映画化の試みはこれ1作品だけであり、現在DVDは日本では手に入らない。私の記憶ではたった1度、NHKのBSで放送されただけである。なぜか?
これはその主張や思想がどのようなものであれ、また力の所在がどこであれ、どのような組織にとっても最も危険な作品だからである。おそらく、反戦を唱える団体にすら、オーウェルの真意が受け入れられることはないであろう。それが「権力」を持つ限り。
また作品自体は現在、明らかにオーウェルの真意とは逆の効果を狙って「読まれている」、つまり読まされている。私が今回検証のため使用したペンギン版はなんと大学の教科書なのだ(注1)。
1984年は何の年か、ということが出版当時から様々に推測されたが、オーウェルは終にそれを明かさなかった。最も一般的には、マルクス等により「共産党宣言」が出された1848年のもじりであろうとされている。かねてより「共産党宣言」を出すことを考えていたマルクスは1847年2月のパリ・コンミューンの蜂起(フランス二月革命と呼ばれている:注2)を受けて、共産党の合法化を目指してこの年に出版したのであった。
「今ヨーロッパに一匹の妖怪が跳梁している。共産主義という妖怪が」で始まるこの共産党宣言を機に社会主義者の夢である共産主義国家の創立を目指す運動が始まった。
しかし、当然のことながら、社会主義者というよりは一作家であり、レッテルとしては「アナーキスト」と目されていたオーウェルが言いたかったことは、結局どのような形であれ、権力は全体主義を齎す、という警告である。結果として、この本はその後誕生した初めての社会主義国家であるソ連においても、発禁本となったのである。一方社会主義に反対する勢力からは格好の「反共用宣伝材料」として使われた(読まれた)。その代表国がアメリカである(注3)。
この映画は(真に理解すれば)ほとんどすべての自由を求める人を心身ともに打ち砕く。後に何の希望も残さない。故に,ここでお止めになることを私からは切にお勧めする。自信のある方,意欲のある方のみお読みいただきたい。日本で販売されていないのは必ずしも,オーウェルが最後の拠り所としていた「性の表現」だけにあるのではないと思われる。オリジナル・バージョンは無修正だが,残念ながら当ブログではその部分はお見せすることはできない。予めお断りしておく。
これは映画であるが、自由を求める人間である作家の最後の武器が言葉であることを宣言した、オーウェルの遺書でもある。実際の1984年前後にはこの物語が大きく取り上げられ,論じられたが2001年以降,忘れられたかのようになっている。しかし探偵からは皆さんに次のように質問したい:
「今は西暦何年だと思いますか?」
注1:私がかつて在籍していた大学では「1984」ではなくて同じオーウェルの「動物農場」が同じ目的で,つまり反共,反ソ連・中国社会主義圏の宣伝用に実際に使われた。確かに私は当時「1984」も併せて読んだ。しかしそれはこの小説のオリジナルであった。今オリジナル・バージョンはペンギン文庫でも殆ど入手不可能である。
注2:大仏次郎の「パリ燃ゆ」はこのパリ・コンミューン蜂起のドキュメントである。革命軍側に組した作家がヴィクトル・ユーゴーであった。また詩人ロートレアモンもこの時代を生きた1人である。
注3:「この話は『共産主義』の恐怖を描いたものである」と一般に解釈されている。本当は「あらゆる全体主義は」と読まれるべきだ。アメリカではこの物語に登場するビッグ・ブラザーを「レーニン」だと教えている。一方旧ソ連ではそれを「トロツキー」だとしていた。


































