さらば愛しき女よ(15)
さらば愛しき悪女よ:男達はすべて1人の女のために無法者の城,リドを目指し,それぞれの役割を果たす:
波止場で待っていたジョージーの目の周りには酷く殴られた痕があった。
「ボートを手配しておいたよ。奴らには何も言わなかったよ,マーロウさん。」
暗がりに男が待っていた。
「船に銃弾の穴をあけたら,追加料金を貰うぜ。合計25ドルでどうだ?」
ボートの交渉を済ませ,マーロウとマロイの乗ったボートは夜の海をリドに向けて走り出した。
- マリオットが死に,フローリアン夫人が死に,トミー・レイが死に,フランシス・アンソールも死んだ。
残っているのはムースに2000ドルの賞金を懸けたブルネットだけとなった。答えは船の上にあるに違いない-
一方ナルティを乗せたパトカーが夜の街を走る。
ナルティ:「引き返せ,俺達は船に行くんだ。」
ロルフ:「ナルティ,気でも狂ったのか?」
ナルティ:「7人もの人間が死んだ。なのに警察は逃げ出そうというのか?」
ロルフ:「ブルネットの船のことを言っているのか?彼らに連絡しなければ。マーロウにそれほどの価値があるのか?」
ナルティ:「価値だと?俺達のいつもの仕事から逃げるつもりか?いったい親や子供以外で誰に価値があるというのだ。ブルネットだけか?」
ロルフ:「長いものには巻かれる他はない。お前さんの主義は俺には荷が重すぎる。」
ナルティ:「分かった,じゃあここで降りろ。車を止めろ。他に降りたい奴はいるか?」
さっさと降りたロルフ以外は誰も降りようとしなかった。
ナルティ:「よし,行こう。サイレンを鳴らせ。これは警察の車なんだ。」
そしてナルティと警官達は警察用のボート置き場に急行し,沖に向けて出発した。
夜陰にまぎれてボートは巨大カジノ船LIDOの側面に横着けした。1人の見張りの男をマロイが捕まえて海に投げ込む,マーロウがもう1人を脅してレヤードの部屋に案内させる。ジャズの流れるルーレット場を過ぎ,奥まったところにレヤードの船室はあった。
「ボス,ニックです。開けて下さい。重要な話があります。」
部屋の中にいたレヤードがドアを開けると同時に,マーロウとマロイが中に押し入る。
「ブルネット,お前の考えは何だ?ムースを市長への生け贄にする積もりか?それともヴェルマと会わせたあと殺して埋める積もりか?」
マロイ:「ヴェルマがどこにいるか知ってるのか?」
レヤード:「ヴェルマなんて女は知らない。」
マロイ:「嘘吐け!」
レヤード:「俺から離れていろ,マーロウ」
マーロウ:「まずマロイと話をつけろ」
マーロウは傍らにおいてあったミンクの襟巻きを見つけると言った。
「ようし,グレイル夫人,見せ場を逃すんじゃないよ。」
レヤードも促す。「ヘレン,出て来なさい。」
隣室に通じるドアがゆっくりと開けられ,サテンのドレスを着たヘレンが現れると,マロイは深い満足の表情を浮べて言った。
“Hi babe, long time no see."
Babeと呼ばれたグレイル夫人がマロイをじっと見つめて答える。
“Hello, Moose.”
マロイは感謝の気持ちを込めるかのようにマーロウの方を振り返った。
マーロウもうなづいている。
マロイ:「ベイビー,ずいぶん立派になったな。」
マーロウ:「これで万歳だ。これで一切の辻褄が合った。アンソールの売春窟から身を起したヴェルマが…」
「ダーリン,マーロウの拳銃を取り上げてちょうだい。そして2人で逃げるのよ。」
マーロウ:「マロイ,まだ分からないのか?売春婦が億万長者の判事と結婚した。彼は女の身元を何も知らなかった。銀行強盗の一味だったことも。そして自分の男を罠にはめたことも。」
ヴェルマ「私は言ったとおり,8万ドル手に入れたわ。」
マーロウ:「彼女は嘘を吐いているんだ,マロイ。彼女とブルネットがすべてを仕組んだ。彼女が結婚したことを知っているのはたった2人だけだった。アンソールとマリオットだ。彼らは2人とも死んだ。アンソールは自分の所にいた女の1人が判事と結婚したことを教えた。それで十分だった。」
マーロウの説明を遮ろうとしてヴェルマが言う。
「拳銃を取り上げてちょうだい。」
しかし,マーロウは続ける。
「路上で殺すのに失敗したので,その後お前を探していたんだぞ。奴らは俺の匂いを嗅ぎつけ,マリオットを送って寄こした。そしてバレるのを怖れて彼を殺した。」
ヴェルマ:「彼を黙らせて,ムース。すべて彼のでっち上げよ。」
ヴェルマの言いつけに従おうとするマロイにマーロウは必死で説明する:
「彼女は友達の女まで消したんだ。分からないのか,彼女は誰でも利用するんだぞ。」
しかしマロイは耳を貸さず,マーロウにつかみ掛かった。マーロウの手から拳銃が落ちた。そしてマロイが振り返った瞬間,ヴェルマは隠し持っていた拳銃を2発,3発と発砲する。撃たれたのはマロイだった。驚いたマロイはヴェルマの顔をじっと見た。
「なぜ?」
しかしその目に怒りや恨みはいっさい浮かんではいなかった。
それを見てヴェルマはマロイに留めの一発を放つ。マロイはばったりと倒れた。
マーロウが「ようし,鬼女。次は誰だ?」とヴェルマに向かって言い,ヴェルマがマーロウの方を睨み付けるように見ると同時に,ドアがけたたましくノックされた。
「ボス,中にいるんですか?ボス,いますか?」
それをきっかけにヴェルマが灯りをめがけて発砲した。マーロウは機を逃さず拳銃を拾いあげると迷うことなくヴェルマを撃った。
ヴェルマは「まさか」という顔をしながらよろめき,そして倒れる。
その音もまるで遠くの物音のように聞きながら,マーロウは何かに打ちのめされて立ち尽くしていた。
―しかし,マロイは尚もヴェルマを愛しているようだった。銀行強盗の罪を1人で被り,6年もの間手紙もよこさず,有力者の妻となって保身のため自分を殺そうとしたにも関わらず。なんという強い愛だろうか。もう数発余計に銃弾をくらったとしてもそれは変わらなかっただろう。-
ナルティ達が部屋に入ってきた。
「お前さんの手柄になるよ。今度死んだのはケチな黒人じゃないからな。刑事部長に出世できるかも知れないぞ。」
「なぜ,こうなったんだ?」
「後で話す。俺は疲れた。」
ゲーム場で野球ゲームをしているマーロウ。うまく行かず諦めて傍らの新聞を取り上げる。
-ベビーとスミスとかいう腕をぐるぐる回してワインド・アップする投手がディマジオの記録を止めた(注1)。おそらく昨日の夜祝杯でもあげたことだろう。ナルティが今日の晩にやるみたいに。









