さらば愛しき女よ(13)
-私はこれまでの人生で最も過酷な数分間を経験した後で,一週間ぶりに自分の事務所に戻った。トミー・レイの妻に未亡人になったことを告げなければならなかったからだ。そして子供にはもう父親が永遠に帰って来ないことを言わなければならない…
しかし,ディマジオは依然として力強く前進を続けていた。自己記録を更新しつつあった。彼は永遠にヒットを放ち続けるだろうか?それもありそうに思えた。彼はまだ26才だし,陽の当たる場所で野球をしているのだ。彼は少年達が応援する声を聞くのであって,泣き声を聞いているのではない…
事務所でこれまでの経緯を検討しなおしているマーロウに電話が入る。グレイル夫人からだった。
「あたしよ。」
グレイル氏がキャンペーン用にパーティを開くが,付き合うのがうっとうしいので,そこから自分を連れ出して欲しいという。
約束どおりに高級クラブへ行って見ると,グレイル夫人は立派に夫人として振舞っていた...
マーロウの姿を見ると,すぐ席を外してバー・カウンターの方にやって来た。
「時間に正確なのね。」
「ずいぶんお偉いさんが沢山いるじゃないか。」
「みんな政治の世界の人間よ。味方もいれば敵もいるわ。」
マーロウはやや離れた席に座っている男を指して尋ねる。
「ブルネットはどうなんだ。あいつは敵か味方か?」
「味方よ。彼はこのクラブのオーナーなの。」
「奴が政界からはヤクザと看做されていてもか?」
そこへ,ボーイがブルネットからの伝言を届けに来た。重要な話があるという。
「行って。わたしとは後でね。」
LAきってのマフィアであるレアード・ブルネットはマーロウの旧敵である。相手を牽制しながらの挨拶を終えると,まずマーロウから質問した。
「マリオットはなぜ死んだんだ?」
「やつはグレイル夫人と組んで博打で大穴をあけたのさ。ところで,もし暇なら俺の仕事をやらないか?条件は?」
「金額だけさ。」
「分かった。2000ドル出そう。ムース・マロイを俺のカジノに連れて来てくれ。手下や警察の友達にやらせようとしたのだが,うまく行かなかった。」
「キャッシュか,それとも後払いか?」
ブルネットは笑って懐から現ナマを出した。
「できれば早いほどいい。」
ブルネットのテーブルに来て挨拶したグレイル夫人はマーロウを外に連れ出した。
「どこに行く?」
「あなたさえいれば場所は何処でもいいわ」
「彼女は信じられないほど美しかった。何か特別な人間だった。
本当に価値があったんだ,ナルティ」(注1)
グレイル夫人と別れて帰る途中の車が近寄ってきた車に銃撃を受け,フロント・ガラスが粉々に割れた。明らかに脅しをかけられている...
ならば,こちらからも手を打つチャンスだ。マーロウはジェシーを再度尋ねることにした。
家に行ってみると,その後明らかに来客があった様子である。
「トミーが殺された。力を貸して欲しい。ヴェルマに直接連絡する方法はないか?」
「いまでも決まった時間に電話してる。だけど,直かに話ができるのはムースだけよ。」
「じゃあ,今度連絡があったら,私にまず電話してくれないか。ムースの連絡先を教えるから。」
事務所に帰ると今度はムースから電話が入った。マーロウはジョージーの家でムースがヴェルマからの電話を待つ段取りをつけた。そして三人で電話を待っているとほどなくヴェルマから電話が入る。
「Hiya, Babe」
ムースの表情でそれがヴェルマ本人であることがはっきり伺えた。少し先のモーテルで待っているという(続く)