コンドル(26)
翌朝のニューヨークの街角。クリスマスが近いため人通りも多い中,ガード下の交差点でヒギンズが何かを待っている。
向かい側の歩道には,すっきりとした笑顔のターナーがヒギンズの方を見ているが,すぐには声をかけない…まるでジョベアの言った「ある春浅い,日差しのあたたかな1日」のような光景である。その言葉どおり,ヒギンズの傍に目立つ青い高級車が到着した。それを見届けたターナーは笑顔のまま,大声で呼ぶ。
「ヒギンズ!」
ヒギンズも笑みを隠さず横断歩道を人ごみを掻き分けるように近寄ってきた。ターナーから離れた位置にサンタクロースが立っている…渡り終えたヒギンズが親切そうに言う。
ヒギンズ:「どこにいた?心配したぞ。」
ターナー:「迎えの車か?」
ヒギンズ:「ああ,心配ない。質問するだけだ。」
ターナーは分かっている。
ターナー:「ヒギンズ,断っておくが俺はポケットに45口径を持っている。」
ヒギンズは急に警戒心を露にした顔になった。
ターナー:「一緒に歩いてもらおう。」
ヒギンズ:「どっちへ?」
ターナー:「西だ。ゆっくり2~3歩先を歩け。」
そして車が後をつけてくることを確認した。
ターナーが「車を行かせろ」と迫ると,ヒギンズはおとなしくそれに従い,車に先に行くよう合図した。
歩きながらヒギンズに質問する:「中東へ侵入するのか?」
ヒギンズ:「まさか」
ターナー:「答えろ。侵略するのか?」
ヒギンズはターナーの方を振り返って強く言う。
「いや絶対しない。What if (もし実行したらどうなる?必要な金と人員は?政府転覆の他の手段はないか?)という仮想ゲームだ。」
まだ余裕のある表情のターナー。
ヒギンズ:「これが狙いだ」
聞いているターナーは分かっているよ,という表情でうなずく。そして言った「歩け。」
ターナーはどこかへ案内するつもりのようだ。歩きながらなお質問する。
「アトウッドがゲームの域を超えて実行しかけたのか?」
ヒギンズ:「提案しても賛成が得られないと彼も知っていたはずだ。」
ターナー:「私が偶然発見しなかったらどうなった?まわりは聞いていない。言えよ。」
ヒギンズ:「わからん。だが計画そのものは完璧だ。おそらく成功しただろう。」
ターナー:「何という神経だ。単なる計画なら何をやってもいいとでも?」
ヒギンズ:「ちがう。これは純粋な経済学だ。今は石油だけだが,10~15年後には食料やプルトニウムも不足する。遅かれ早かれ。そうしたら国民は我々に何を望む?」
ターナー:「聞いてみろ」
ヒギンズ:「今じゃない。その時だ。不足した時だ。暖房がないから部屋の中は寒い。車は動かない。今まで知らなかった飢えを経験する。答えは簡単さ。『手に入れろ』と我々にいうに決まっている」
ターナーは納得できない,という顔をする。
「それが根拠か?それで7人も殺させたのか?」
ヒギンズ:「カンパニーの命令じゃな…]
ターナー:「アトウッドか,アトウッドが全部やったというのか?
でもあんたの同僚だし,あんたが殺したも同然だ。こんなゲームがあるものか!」
ヒギンズ:「その通りだ。しかし同じ事を敵側もやっている。君を野放しにはできない。」
ターナーは脅しに屈しない。
「家に帰ってみろ,ニュースがあるぞ。周りを見ろ。ニュースはここから全国に伝わる。これは特ダネだ。」
ヒギンズが改めて辺りを見ると,そこはニューヨーク・タイムズ本社ビルの前だった。
ヒギンズ:「何をしたんだ?」
ターナー:「あんた達のゲームをすっかり話したのさ。」
首を振りながら呆然とするヒギンズ:「バカめ,なんて事をしたんだ。想像以上の損害を国家に与えるぞ」
ターナー:「そうなった方がいいんだ」。そしてターナーは向こうへ歩き出した。
歩みよりはもはや不可能だと悟ったヒギンズは去り行くターナーの背中に言う。
「君は孤独になるぞ。不幸な結末だ。」
ターナー:「覚悟の上だ。」
ヒギンズ:「おい,ターナー。」
振り返ったターナーにヒギンズが自信を持って言う。
「印刷はされんぞ。記事にならなければ君は犬死だ。」
ターナー:「印刷されるさ。」
ヒギンズ:「どうしてそれが分かる?」
ヒギンズはやはり先手を打っていたのだ(とターナーは考えただろうが,本当はあの本部長の赤電話だったことを読者は想起して欲しい。OSSは「オッス」どころではないのだ:探偵の最後のダジャレ)。絶望に突き落とされたターナーの傍で救世軍が募金のキャンペーンを行っている(プラカードには「ライトハウス団」と書いてある)。間の抜けたような唱歌隊の歌がなぜか悲劇的な雰囲気に変わり,その向こうを街の人ごみに消えていくターナーがストップ・モーションになる(完)。