「離愁」(6) | 映画探偵室

「離愁」(6)

話は戻るが,その女がタバコを喫うところを見たのはこれで二度目だった。この少し前,満員になった貨車の中で,赤ん坊が泣き出したのをきっかけに女は別の表情を見せた。お乳をあげなければ,という若い母親の方に向き直ると,赤ん坊の頭を愛しそうになでた。人相の悪い男は母親の胸の辺りを食い入るように見つめている。そしてあの女をも。貨車がトンネルに突入して煙が容赦なく入ってきたのをきっかけに1人の男が車座の真ん中に座り体験談を始めたときにも女は表情一つ変えなかった。「防空壕に入って激しい爆撃を避けていたが,終わって地上に出てみると一面焼け野原だった」すかさず合いの手が入る「陰気な話だ。もっと陽気な話はないのかね」。このあたりは欧州人のアネクドート好きを知っている人にはなるほどと思うところだ。彼らは本当に話好きで,機会があれば必ずこんな風に「物語る」役を務める者が現れる。民衆の知恵がこうして積み重ねられていくのである(「木靴の樹」でもこうした場面がある)。
ドキュメンタリ・フィルムが挿入されて哀調を帯びたテーマ音楽が流れる。この話をきっかけに男は間近から女の美しいがどこか暗い横顔を穴の開くほど見つめた。謎めいた硬い表情の秘密が少しづつ見えてきつつあった。しばらくすると女はタバコを吸い始めた。ご存知ゴロワズである。人相の悪い男が主人公に向かって何か無言で合図する。彼は彼でタバコを喫う女に特別な関心をもっていた。彼の身の回りにはそんな女はいなかったからだ。その女はおそらく今までに彼が出会ったことのないタイプの女らしかった。


どんな風にしてこの列車に辿りついたのだろう。女は片手にタバコの吸いさしを持ちながら,差し出された4合瓶ほどの瓶から無造作にラッパ飲みして,見守っていた男に返した。男は瓶の口に着いた口紅を見咎めたのか「いいんだ」といって受け取らなかった…
妻のところへとって返した男はしかし,遅くなった言い訳を妻にこう言った。「瓶が割れてしまったので。」疑いの表情をちらと浮かべた妻からの次の言葉は「貨車には知り合いがいるの?」だった。それは単にフランス・パンのサンドイッチを渡すための問いかけに過ぎなかったのか?男は顔に手をかけて引き寄せようとする妻を振り払い「もう発車するから」と言い残して列車の後尾に急ぐ。男の心は明らかにあの女に傾きはじめていた。
ところが,貨車に帰ってみると女の姿はない。貨車の傍に立っていた老人が言う。「彼女は逃げたよ。こいつらのせいだ」。しかし,女は逃げ出したのではなかった。水の瓶の一件を済まないと思ったのか自分で水を汲みに行ったと見え,向こうから瓶を抱えて必死で走って来る姿が見えた。

女は瓶を差し出すと「これをどうぞ」と言う。その言葉を捉えてすかさず人相の悪い男が言う。「アルザス訛りだ」。別の男が言う。「ひょっとしてスパイじゃないのか」。
それを聞いて気色ばんだ男に追い討ちをかけるように「独占した積もりでいるぜ」と言う言葉が投げつけられる。人相の悪い男が女を力ずくで追い立てようとした時,今度ばかりは男は我慢しなかった。「止さないか」。人相の悪い男は女から瓶を取り上げると貨車の縁に叩きつけ,割れた瓶を逆手にもって主人公に対して身構える。しかし主人公はメガネを外して毅然とそれに立ち向かう姿勢を見せた。脱走兵とおぼしき男が止めに入る。「争いたきゃ北部戦線に行くんだな。それが怖くて逃げているんなら,もうこの辺で止さないか」。う~ん,この辺は確かにフランス人らしい決着のしかただ。

妻や子供のために汲みにいった水をその女にやってしまう。その裏には,彼女の「J’ai soif (喉が渇いたわ)」という言葉がある。この言葉はキリスト教徒なら唸るところだろう。何でもないようだが,これは十字架上のイエスの最後の言葉,「私は渇く」なのである。女は何に渇いていたのだろう。救われた女はほんの少し男に気を許した風情で隣に座った。そして列車は出発し,夜が来た。狭い貨車の中で殆どの者が眠れないでいるというのに,町医者と薄手のワンピースの酒場女は辺りかまわず夢中で求め合っている。ワンピースが捲れて太ももが露に見えたか見えないうちに,中年太りの町医者がいち早くイッテしまうところはこの映画の唯一笑える場面ではある。黒服の女はそれを見ていたのか,男の肩に頭を寄せ掛けた。列車は遠く爆撃の音が聞こえるシャルルヴィルを過ぎた深夜の駅で止まった(続く)。