肌で感じる世紀末
1868年。江戸時代が明治になった。でも時代の名前が変わっても、その後しばらく庶民の生活様式はほぼ江戸のままだったという。明治になっても10年くらいはまだまだちょんまげの人の方が多かったとか。 画像引用: GAS MUSEUM がす資料館名前が変わったからといって、中身まですぐに変わるわけではない。変わっていくには時間がかかるし、都市部よりも地方の方が変わり方は緩やかだ。変わることへの抵抗も根強いだろう。(そういえば宮廷文化満開の平安時代も、地方の庶民は竪穴式住居に住んでいたとか聞いたことがある。)いま。そんなような過渡のただ中にある肌感覚。人権とか個人の尊重とか、言葉としてみんな知っているし大切だよねって道徳感情もあるだろう。だけどまだまだ腑に落ちるところまでいっていない。世代によって、都市部と地方で、地域によって、感度がまるで違う。セクハラが話題になっているけど、男女雇用機会均等法が施行されたのが1986年。嫌な思いをしてきた人はずっといたのじゃないかと思うけれど、少しずつ少しずつ30年変わり続けてきてやっと、旧態依然の価値観に物申す声が聞こえるレベルにまで通るようになってきたってことなんじゃないかな。名前は平成になっても、現代庶民の生活はけっこう根強く昭和だった。暦は21世紀になってIoTとかAIとか話題になっても、世界はけっこう20世紀的だった。だから1990年代じゃなくて、実はこれからこそが肌で世紀の変わり目を感じる時期なんじゃないかなと思ったりする。均質的な価値観で教育を受けて、女性としていきて(いかされて)きて、これまでの人生 私は正直ちょっと息苦しかった。だから世界がもっと早く変わればいいなと思っている。はやく社会が昭和から 20世紀から脱却することができたらいいな。 viaお菓子の国大使館 Your own website, Ameba Ownd