泥棒美容室へ向かう道すがらも担当者と打ち合わせをしていた。



担当者は
「とにかく、波風立てずに返して貰いましょう。私がそっちの方に話を持って行きますから」
と穏便に穏便にと話を進めたがる。


私は
「出方次第でしょ?場合によっちゃ…そんときは警察呼んでね(笑)…ま、手は出さないけど、ラチが開かなかったら呼びましょう」
とイマイチ方針が合わない。






出たとこ勝負だな、なんて思うと2人よりも先に歩くようになり、私が先に泥棒美容室に着き、
「ここが泥棒美容室ですよ」
と案内するかしないかの間に扉を開けた。






幸い?にもお客様は居なかった。



にこやかな顔で近づいてくる泥棒先生。
こちらが私と嫁(店長)の2人ではなく、3人で来た理由は理解してないらしい。


「今月いっぱいなんだって?うちも…」
笑顔な泥棒先生の言葉を遮るように
「そうなんです。お世話になりました。でも今日、伺ったのはその話じゃないんです。

昨日、管理ミスでレジに置いてあった印紙が盗られたんです。

それでビデオを確認したら先生が取って(あくまでニュアンス的には盗るではなく取ると言う感じで言った)行くところが写っていたんです」

泥棒先生、一瞬で顔色が変わる。



泥棒先生はとぼけるように
「私が?」



「私が盗ったって?」



「何で?」

私は泥棒先生が怒り狂ってくると思っていたから拍子抜け…



とりあえず、
「ビデオを見る限りですが」
と逃げ道も残しつつ話を進める。



「私達の不注意で買ってきたばかりの印紙150枚、3万円分をレジカウンターに置いていたのですが、先生が雑誌を買いに来て、手荷物台に……」
(ヤバ!泥棒に対して自白の前に危うくすべて話ところだった…話をさせなきゃね…)

「まぁ…先生が持って行かれるところがハッキリ写っていたんです!」



私の視線に目を合わす事が出来ない泥棒先生。



少しの間の後、口を開く。


「3万円か…大きいな。コンビニは利益も出ないだろうし、ちょっとした万引きだけでも大変だもんな」






泥棒さんがテレビかネットかで見た受け売りで常識人か事情通みたいに話す姿を見て、何故か3人目が合い泥棒先生が可哀相すぎて笑いそうになった。
二人とも夜勤明けでビデオチェックをしてがっかりしていた朝。



先生にどう対処しようか考えていた。



何しろ、普通の万引きのように悪い事をすると思っていた奴が悪い事をしたわけじゃないし、世話になっていて良い人と思っていた人で、まさかそんな事をするとは思ってはいなかった人が多額の窃盗をした事が厄介だった。



店長は
「私…行って来て優しく聞いて来ようか?返して貰えたら返して貰えただし」


あんな鮮やかな手捌きで平然と物を盗った奴が、素直に「そうだった、雑誌に引っ付いていたよ」なんて言って返してくれる訳無い。
お涙頂戴で返すような人だったら、初めからそんなことしないし、例えば店へ管理不行き届きに対しての警告の為に預かっていたとしても度が過ぎる。



なるべく穏便に話を進めようと、そんな話を堂々巡りでしていた。



店長は自分の不手際だからと落ち込み、返って来なかったら私が払うなんて言い出し始めた。


私はどうやって返して貰おうかと頭の中がグルグル高速回転していたから、返して貰えなかったら責任をとるなんて言う店長を見て、泥棒先生に対してますます怒りが湧いて来た。



それに…
泥棒先生、今月(1月)いっぱいで店を閉めるし。
旅の恥は掻き捨てではないが、居なくなれば今よりもっと白をきりやすいだろうし…



辞めるから最後だし盗ったと思うと、泥棒先生の過去の言動や態度、世話になった事を思い出し裏切られたと感じ、私のリミッターがキレた。






「怒鳴り込んでやろう!」

それを聞いた店長はそれは止めてと懇願する。


若い頃…私の10代の頃の事でも思い出したのだろう。


さすがに歳も歳だから、10代の頃のような勢いは無い。
冷静に怒ることも覚えたし。


ただ、泥棒先生があまりにもふざけた事を言い出したら…(店長はここを心配したのだろう)



「じゃ当たり前に警察呼んで警察と一緒に行こうか?」



ここまで来ても店長は泥棒先生の奥さんや泥棒先生と奥さんに結婚式で良くして貰った想い出の事を考え、それは…と言う。






「とりあえず二人で行くか?数の論理で一人でも多い方が良いから本部の担当者でも連れて行くか?」



担当者を連れ3人で行く事で話がまとまる。

これなら私が沸点を超える事はないだろうと考えたらしい。








二人でエリア事務所が開く時間、泥棒先生美容室が開く時間を待つ。



仕事には何も手をつけれ無いまま…
やり切れない気持ちのまま…



無駄に時間が過ぎて行くなか、担当者が今までにはなかったグッドタイミングで店に来た。


経緯を話し、ビデオを見て貰う。


私は担当者から「被害届を出そう」って言葉が出る事を期待したが、担当者からは店長と同じように「話をしに行く」って言葉しか出て来なかった。


二人の意見を尊重し、泥棒美容室が開店するのを待つ間、ロールプレイングをし対応を考えた。






泥棒美容室の開店時間になる。


気合いを入れ3人で泥棒先生の元へ向かう。
AM10時過ぎに店長が店員に告げ郵便局へ行く。



30分程して帰ってくる。



店員に話し掛け、印紙をレジカウンター真ん中に置く。

店長はこの時の会話を、あまりにも当たり前過ぎて覚えていなかったが、「ただいま」とか帰って来た事を告げる話をしたようだった。

店員は二度、振り返ったが精算業務に夢中なようで、店長の問い掛けにも適当に返事をしているようだったし、普通に振り返ったら視界に入るはずのレジカウンターも店員の目には入っていないようだった。
(もともとこの店員は一つの仕事をしていると視野が狭くなり他の事に気付くのが遅くなる。彼女は店内で作業しているのに事務所で作業している私の方が先にお客様に気付くなんて事はしょっちゅうだったし、よく注意していた)



「だろう」が重なったミス…

店長は郵便局に行く事を告げて行ったから、帰って来て店員に声をかけ印紙を渡したら(置いたら)気付くだろう…

店員は印紙を買って来たら声を掛けられ、手渡しされ棚にしまう事を指示されるだろう…

なんてお互いのこうしてくれるだろうって思い込みが大きなミスを生んでしまった。



店員は精算を終え、レジ周辺を見渡すことなく事務所へ。(レジ違算や精算のミスはレジ周辺の片付けやチェックである程度防げると、いつも注意していたが…)





レジカウンターに置かれっぱなしの印紙。





私達はビデオを見ながら、店員が気付くはずもないのに気付かなかったから盗られたのに「気付けーーっ!」「気が付いてーーっ!」って何度も言っていた。






事務所に入り、お金を金庫に投入し、書類を整理する店員。
二人とも事件が起こるなんて思いもしてないから、おしゃべりしながら楽しそうに仕事をしている。


結果は解っていても、「早く!レジに戻って!」ってビデオに向かって言ってしまう。


10分くらい経過しただろうか?ダラダラと書類を片付け、パンの2便が来てようやく店内に出て行った。



「…たら…れば」を言い出したらキリが無いが無駄話をせず、さっさと店内に戻っていたら…なんて悔しく思う。




でも、その間にお客様が来なかった事は不幸中の幸かな?
見知らぬ人が印紙を盗って行っていたら、返って来なかっただろうから。



店員が店内に戻ろうとしているとき、先ず女性のお客様が入って来て、続けて先生が入って来た。



先生は発売日の女性週刊誌と他の週刊誌を手に取り、「(レジ)お願い」と店員を呼ぶ。



店員はバックから出て来ていたが、レジには行かず検品作業をしていた。



店員よりほんの少し早くレジに着いた先生。


カウンターを見て
「うん?」
って顔をした。


そしてすぐさま持っていた雑誌を印紙の上に置いて隠し、レジに向かってくる店員を見ながら印紙をレジカウンターから一段下がっているお客様用の手荷物台に移す。


覗き込めば見えるところなのだが、店員もまさか印紙が盗られるなんて思ってもいないから見ないし、先生も平然と店員にしゃべり掛けて、そこから気を反らせているような感じもあった。


一冊づつ裏向きに差し出された週刊誌を普通にレジ打ちする店員。


三冊目を打ち終えた時に先生は袋は要らないと告げ、お金をトレーに出しお金の方にに気を引かすようにし、店員から一冊づつ受け取っていた週刊誌を自分で整え、その週刊誌で手荷物台の印紙を隠すように重ね、つり銭とレシートを受け取り出て行った。


店員には印紙が見えないようにしていたが、モニターには写っていたし、印紙と重ねていたのは女性週刊誌。
白っぽいはずの女性週刊誌が緑色に写っていた。



躊躇いも無いような、余りにも鮮やかな手口にビックリしたし、もしやカウンター周りの商品やおにぎりなんかの棚卸し差異は先生が原因じゃ?なんて感じた。

店員なんかはレジで預かり金をしまうのが少しでも遅いと注意されていたのにあの注意は何?
それも隙を狙っていたの?

今までの信頼が一気に崩れ、殴りたいくらい腹がたった。