①うつ病治す治療家になりたい。指名が取れるマッサージ師になりたい。国試合格したい。

②大事なシーンで緊張し過ぎないようになりたい。こないだのネパール料理屋で、漬物みたいなディッシュにスプーン突っ込んでしまったので、毎日違うお店で食べるとかして、日頃から緊張感に慣れるようにしようかな、と思う。

③昨日のアルカホー飲料は、ビールビール500mlとビール350ml
朝刊取ってくるの忘れてたしょぼんWeb刊検討中

④職場の大先輩が手技3つ教えてくれた。運動法とストレッチで驚きの効果。長年いろいろ試してきた中で行き着いた技。手技も自分の頭で考えることが大事なんだと思った。大切なことを教えてくださった大先輩に感謝だ。

⑤黄土倶楽部のメルマガより
自分の立場がどうであれ、自然と人に親切にしてあげられる側の人になりたい。
①赤ちゃんのかん虫治す鍼灸師になりたい、とか思ってみた。夢だよ、夢だってば。でも、毎日学校学校行ってるし、来年国試だし、けっこう持続可能な夢じゃあないか。

②あとでちょっと飲みてえなぁ

③昨日のアルカホー飲料は0ml

バンコクで日本人カメラマンの村本博之さんが撃たれて亡くなった。タクシン元首相派のデモ隊が発砲、爆破するにまで過激化し、治安部隊が応戦する中で犠牲になったようだ。他にも死傷者が大勢出ている。とても治安のいいタイでこんなことになるなんて信じられない。亡くなったすべての方が尊い犠牲になったんだと思いたい。犠牲は憎しみを増すために産み出されるのではない。未来の大きな犠牲をなくし、多くの人々を救うために天に召されたのだと信じたい。

④今日は小児はりの勉強会でかん虫の勉強をした。赤ちゃんの治療を実演してもらった。やっぱりじっとしてくれないので脈診も腹診も手早くしないといけないし、赤ちゃんの脈はぜんぜん違う。顔色を診るのがいいみたい。僕が抱っこしてる間に赤ちゃんに刺さないはりを当てると、自分の気も動くことがよくわかった。子どものはり治療には、親の治療が欠かせないのだろう。8ヶ月の男の子マーくんはみんなに抱っこしてもらってるうちに、だんだん眠たくなってきて、僕が抱っこしてるうちにすっかりすやすや寝入ってた。かわいいったらありゃしないニコニコお母さんに抱かれて目覚めたマーくんはご機嫌だった。バイバイニコニコパー長音記号2のときはハイタッチニコニコパーしてくれた。かわいい笑顔をありがとう、マーくんニコニコ

⑤神様は傷をも益に変えてくださる。
①お客さんの話を聴いて癒すセラピストになりたい。ストレス社会の鍼灸師、マッサージ師になるのだ。患者さんはたいへんなストレッサーにさらされている。どんなお話も一つ一つ共感して受け止めよう。

鍼灸師国家試験に合格したい。当たり前のことだけど、このままではマジでヤバイってことが昨日わかった。7月3日に学校学校で模試がある。7割以上の点とらないと、夏休みがなくなっちゃうしょぼん科目は解剖学、生理学、病理学、臨床医学総論・各論、東洋医学概論、経絡経穴学、関係法規など。そこでスケジュールを見直すと、聖書日記はあと4日でエレミヤ書を終える。次は初めから、すなわち創世記から読む予定でいる。聖書を読んでて思うのは、トートロジー的な確信の発光装置みたいなこと。ものごとをウソとまことで分けることの虚しさを思い知らされる。とくにパウロさんのことばにはそれが端的に表れている。今はまあとにかくそういうわけで、聖書を初めから読んでいくと、はじめのうちは謎解きしようにも、謎があまり出てこないんじゃないかと思う。だから、基本的には教会の教えに素直に習い、できた時間時計に勉強本メモしたいのだ。

②職場の近所にあるネパール料理のお店でナン食べ放題のカレーを食べたい。

③昨日のアルカホー飲料は0ml

今日の朝日新聞朝刊読んだら、中国における麻薬密輸問題が記事になってた。とくに北朝鮮からの密輸が年間少なくとも数トンに及び、その90%は北朝鮮軍が製造してるという疑いがあるそうだ。
中国における麻薬密輸に対する刑罰は、アヘンの場合1kg、コカインやヘロインの場合50g以上で無期懲役か死刑になりうる。日本では2.5kg以上で7~10年の懲役刑だから、ずいぶん差がある。
しかし、末端で商品した初犯の場合は、中国でも日本と大差ない。かつて中国ではアヘン戦争があり、外国から持ち込まれたアヘンによって多くの人々が中毒になったという苦い歴史がある。このことは留意しておこうと思う。

④今日は感謝というか、ごめんなさいネパール料理屋さん
m(__)m
出されたお皿全部に自分の口をつけたスプーンをつけてしまった。うち2つは和食でいえば、漬物入れで小さなスプーンがついてるので、それで取り分ければよかったんだ。あんなでっかいナン食べたの初めてで、緊張してたのかもしれない。それにしても、カレーとナンとチャイ、美味しかったな。美味しさに感謝だ。

⑤美しくない
iチャネルのスポーツ芸能を見て思った。誰かを凝らしめるために、他の誰かを何もしてなくても持ち上げることは、そんなにも普通のことなのか?当たり前のことなのか?
もしも、二人の子どもを育てる時にはどうだろう。一人の子どもが悪さをしたら、その子どもを罰するのではなく、もう一人の子どもをこれ見よがしに罰するとしたらどうだろうか。この二人の子どもたちはどういうふうに育つだろうか。兄弟が罰せられるのを見ると、喜び、元気になり、気にかけるふりをすることが条件反射として刷り込まれていくんじゃないだろうか。弱くて困っている隣人を見ると元気になって助けるという習性をもつようにならないだろうか。それってなんかおかしくないか?
ただ誰かに罰を与えるために、他の誰かを褒めるなんて、やっぱり僕にはできない。僕がおかしいのだろうか?