(悟)



曾お婆ちゃんのいない芦屋の庭は


すぐに雑草が生えてしまった。


階段には埃が溜まって


玄関の靴はあっちこっち向いて


洗濯ものは。


なんというか・・・仕上がりが違った。




そして・・・


朝ごはんもおやつも


自分で動かなければ


美味しいものは食べられなくなった。




母さんは。


慣れない家事に四苦八苦して


完璧なピアノどころじゃなくなった。


父さんの方がまだ何でも出来た。




悟父「悟。ゴミ出し、ありがとう」


悟「あれくらい、なんでもないよ」




起きて来たら。


掃除も洗濯も完璧に終わってた家が。


塵ひとつなかった家が。




なんというか・・・




曾お婆ちゃんが凄過ぎたんだ。


比べちゃ、いけないね。


僕ら家族三人力合わせて頑張っても


曾お婆ちゃんの足元にも及ばなかった。





友達「あれ?悟。弁当じゃないの?」


悟「うん」


友達「いつも手作り弁当持ちのお前が


学食なんて珍しいな」


悟「ふふ。うん」





高三になって、学食デビュー。


コンビニで買い食いも初めてやった。





ゴールデンウィークには領くんと


ふたりで淡路島まで行くんだ。


そのために、四月を頑張った。





曾お婆ちゃんへのお土産は。


僕に出来たことは。




    
高三春の学力テスト

総合一位🥇 水島 悟

数学Ⅰ・86(学内12位)
数学Ⅱ・93(学内5位)
英語L・96(学内3位)
英語RW・89(学内8位)
物理・82(学内10位)
化学・79(学内23位)
古典・100(学内1位)🥇




テストの結果くらいしかないけれど。


理系なのに古典だけはパーフェクトで


「国立向きだなぁ」なんて言われた。


一応、立体模型も終わらせた。


領くんのピアノの部屋と僕の仕事部屋


それに・・・


曾お婆ちゃんの部屋もある、夢のお家。





母さんが。


病院帰りに


津曲さんのお菓子を買って来た。




律「これ。リボンの方。


和お婆ちゃんの好きな焼き菓子詰合せ。


きっと北海道からも、六花亭のお菓子が


届いているとは思うけれど・・・」




そうだ。


母さんのピアノに少し変化があった。




ためらい、みたいなものが出てきた。


楽譜通りじゃなくて


機械的じゃなくて





なんていうか・・・




寂しさみたいな・・・


憂い・・・みたいな・・・


心の琴線に触れるみたいな・・・




律「お婆ちゃんが、恋しくてね・・・」


悟「母さんも、行く?」


律「・・・え・・・?」


悟「淡路島。


曾お婆ちゃんに会いに。


母さんも、行く?」


律「・・・・・」




なんと、次の日母さんは。


僕が学校へ行っている間に、父さんと。


ふたりで淡路島へ行ってきた。




悟「それは、ずるいな」


律「ごめんごめん」


悟「ごめんは、一回」


律「ごめんなさい」


悟「で、お婆ちゃん。元気だった?」


律「お婆ちゃんのコロッケ食べてきた♩」


悟「えええ?ずるいよ」


律「お土産、あるよ♬」




タッパーにいっぱいの。


曾お婆ちゃんの懐かしい味。




イワシの南蛮漬け


淡路島野菜の糠漬け


ポテトサラダに、人参のグラッセ


そして・・・コロッケ・・・




律「また明日・・・行こうかな・・・」


悟「そんなに?」


律「だって。もう会いたいんだもん」




僕より母さんの方が重症だ。


和さんシック。


グランマコンってやつ。




僕と母さんの親子関係は


何故か逆転した。






ゴールデンウィークは。


領くんと自転車で淡路島を一周した。




領「今度さ。琵琶湖も一周しようぜ」


悟「いいね。ビワイチだね」




洲本の大野家では。


あのふたりが仲良く待っていてくれた。




和「さすが男の子。すごい汗」


智「お湯、浴びてこい」


領・悟「はーい」




ふたりでお風呂をもらって


曾お婆ちゃんの美味しいご飯を食べた。


キッチンには。


京都からお漬物、お豆腐、湯葉、和菓子。


北海道から野菜、米、果物、乳製品。


いっぱいお届けものがあった。


僕のテスト結果を冷蔵庫に貼ってくれて


家の模型をピアノの上に飾ってくれた。


そして領くんのピアノを聴いた。


古いアップライトのピアノが


信じられないくらい優しく歌い出す。





智「・・・悟。


そこの、毛布取ってくれる?」


悟「うん」




・・・あ・・・


曾お婆ちゃん、眠っちゃったんだ・・・




領くんのピアノの音を聴きながら


智大お爺さんの腕の中で


すーすーと静かに寝息を立てている。




僕は。


ソファーを倒して


クッションをかき集めて


お布団をふたりに掛けた。




智「ありがとう」




淡路島の夜が更けていく。


幸せな・・・


智大お爺さんと和お婆ちゃんを


領くんの優しい音色が包み込んで・・・




僕らは離れの和室を占拠して


ふたり仲良く夢の中へとダイブした。


気持ちいいこと、なんでもやったよ。


キスもハグもその先も・・・





何度も何度も


淡路島へ遊びに行った。






七年後。


大学院を卒業するまでに僕は


二級建築士の試験に合格していた。


次は、一級を目指す。




父さんと母さんは、なんと。


淡路島へと引っ越した。


曾お婆ちゃんを追いかけて行ったんだ。





震災が兵庫県を襲った時には


僕らも淡路島の家に駆けつけた。


かなりの傷み具合だった。


大工さんがなかなか捕まらなくて


僕と領くんで屋根にも登って修繕した。


水汲みも、食糧調達も、なんでもやった。


京都からお見舞いが届いた。


北海道からも。


競い合うみたいに


お金も物資も食糧も届いた。





和「おおきに。


すんまへんなぁ・・・」




それから何年も経って


落ち着いて・・・


あの日全壊となった芦屋の家の敷地に。


夢の・・・お家をとうとう建てた。


立体模型の、そのままに。





曾婆ちゃんの・・・お部屋もあるよ・・・


智大お爺さんと一緒に


遊びに来てよ・・・





僕が設計図を描く傍ら


ピアノ室からは。


一日中、領くんの音が聴こえてくる。





まるで海潮音(仏さまの声)だ・・・


レクイエム(鎮魂歌)だね・・・





そして一日の業を終えると


ふたりで海の見える丘まで散歩に出る。


岩園から少し上がって


芦屋病院のある辺りまで行くと




淡路島は・・・




海の向こうのなお遠く・・・




*ララァさんのお写真です*





「幸」住むと人のいう・・・






しろかねも
くがねもたまも
なにせむに
まされるたから
こにしかめやも


銀も金も玉も 何せむに
優れる宝 子にしかめやも

万葉集・山上憶良




(お終い)




後書きは明日お届けします。

ありがとうございました♡