スーパーでの出逢い☆

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おおっとぉ。気がついたら、ホリデーシーズンが終わり、正月があけ、新しい年2013年も2月半ば!!

時が経つのは、本当に早い!
このままじゃあ、あっという間におばちゃんになって、おばあちゃんなんだろうなあ。(もうおばちゃんでしょって言ったそこのあなた、命が惜しければ黙るべしっ!(`・ω・´))

もしかして、お年寄り達も「自分はいつの間にこんなトシになったン?!」っていうちょっと不思議な気持ちを持って生きていってるのかしらん?

先日、スーパーのキャッシャーで、前にいるお年を召したおばあちゃんが、キャッシャーさんに「タクシーを呼びたいんだけど、公衆電話はどこかしら」と聞いていて、キャッシャーのお姉さんは、「公衆電話は置いてないけど、良かったら店内の電話を使って下さい」と。おばあちゃんは袋詰めをしていた男の店員さんにエスコートされていった。


LA、サンディエゴの徒然日記☆


自分の番が来て支払いを済ませて出て行くところ、店員さんとおばあちゃんの会話が聞こえて、どうやらおばあちゃんは家に帰るのに、タクシーを呼びたかったらしい。

そこで、「もし良かったら、送りましょうか?」と言ってみた。すると、おばあちゃんはちょっとビックリして、「本当に?そうしてくれるととても助かるわ。近くなんだけど」という事で送って行く事に。

おばあちゃんのお家は本当に近くて、車を持っていれば5~10分程度。アメリカの老人コミュニティに住んではった。日本の老人ホームと違うのは、老夫婦や独り者、皆それぞれ自分の家に住んでいて(同じ様なつくり。小さめで段差がない様な)、その中でお医者さんの回診サービスや、スーパーへのシャトルサービスがあったり、ヘルプさんがいたり、コミュニティ内での色んなサービスがありつつ、体が許す限りの自立を保っている感じ。


LA、サンディエゴの徒然日記☆


おばあちゃんの年だと、スーパー一つでも大変なんだなあ、と。例えば支払いの時に、鞄から財布を取り出して、その中からカードを取り出す。そしてそれをカード読み取り機に正しい方向へ向けてスライドさせる。そしてその機械についているボールペンらしきものをとって、サインをして読み込ませ、OKをクリックする。そしてそのカードをしまう。これだけでも、キャッシャーさんが手伝ったりして結構時間が掛かってた。

でもおばあちゃんは、大変、とは思っていない様子だったなあ。そら、私位の年の人が起きて突然おばあちゃんになってたら、大変と感じるんだろうけど、20年、30 年、60年、80年、と生きていくなかで、世の中が少しづつ変わっていき、周りも少しづつ変わっていき、自分の身体能力も少しづつ衰えていく。一辺に全てができなくなるのではなくて、全部ちょっとづつ。(急な病気をしたりせずラッキーであれば) だから、おばあちゃんには普通なんだろうね、それが。

とても雰囲気のある方で、おばあちゃんの今までの人生に、色々と想像を巡らせてしまった。今こそ80-90歳位で顔に皺もあるけれど、昔は美人さんだったような雰囲気。ちょうど、「花狩」という、大正から昭和にかけて生き抜いた女性の波瀾万丈人生、花の16歳から老人(当時の)になる61歳までを描いた小説を読んだ後という事もあって、読後感に酩酊していて、お年寄り一人一人にこんな物語があるのかしら、なんて思っていたところ。

全く知らない者同士が、相手にある程度の信頼を委ね、車に乗っているというちょっとおかしな関係?だったので、お互いをリスペクトしつつ、あまり深い会話はしなかった。でも今の家に引っ越してきて6年、その前は他の州にいた事、引っ越しを繰り返した事、一人で住んで長い事、遠くに娘がいる事、などは会話に出てきた。

「こんな嬉しい気持ちになったのは本当に久しぶり。あなたは神様が送ってくれた美しい天使に違いないわ」とまで言われて、こちらの方が嬉しくなった。できる事があれば、助けられる事があれば、してあげたくなるような素敵な老婦人(褒められたからじゃないよ 笑)だった。

自分の連絡先を教えようかどうか迷ったけど、こういうのは一回きりだから、良い出会いとして記憶に残るのかなあ、出しゃばったり無理したりは良くないかなあ、とそのままお家に送ってバイバイした。また会えるかどうかはご縁のものかな~、と思いつつ。そして自分の家に帰って、おばあちゃんの買った水がトランクに入りっぱなしなのに気づいて、もう一度記憶を頼りにおばあちゃんのトコへ戻った。(笑) 今行けって言われたら、覚えてる自信全くなし!

子供は強いしパワフルだし、社会から守られてる気がする。何よりも親から絶大の愛情をうけて、世話をしてもらってる。お年寄りはどうかな?自分が産み育てた子供達も、自分の生活や自分の産み育てた家族に一杯一杯で、お年寄りには愛というよりは、義理、責任感、という感情が強くなって相手をしているような気も。まあ、それが自然の摂理なのかもしれないけれど。もしかしたら元気なお年よりであれば、子供の方が先に「トシヨリ」になっちゃってるかもしれないね。

毎日が同じように思えても、少しづつ変わり続けてるんだろうね。そして気がついたらアッと言う間時間が経っているのかもしれない。

長いようで短いのか、短いようで長いのか、人生っておもしろいね。

*写真は実際のおばあちゃん、コミュニティじゃないっす*




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