伝説の剣士レディ・フレイヤの圧倒的な剣技で瞬殺。さらに二人の、エーテル力の差は120倍超。生死の狭間で、ホムラに勝機はあるのか……。
前号までのあらすじ…冒険の終着点へ辿り着いたエデンズゼロ一行。ヴォイドたちに阻まれながらも、シキは「時喰み」を呼ぶことで、マザーを元々の"地球"の姿に戻すために行動する。その一方で、エデンズゼロには最後の銀河六魔将の二人が襲来。ジンがキュアーを制した一方で、ホムラは伝説の剣士・レディ・フレイヤと対峙するが、その実力差は絶望的……。早くもホムラは深い傷を負ってしまい、逆転の手立てはあるのか──?
扉絵
扉絵は、今回の話の主役であるホムラのシールになった姿(?)。
扉絵ホムラは予想通りでしたが、コンセプトが斜め上過ぎる。
確かにゆるかわで見てて癒されます。グッズ化してほしい。
死にたい者
やはり前回のレディ・フレイヤの一撃は尋常じゃない攻撃でした。
体に大きな斬撃が入り、血飛沫を飛ばしたホムラ。
そこまでの攻撃をくらったホムラは「目がかすむ キズが深い…私は…死ぬのか…」と感じている程。
この世界の新メンバーの六魔だと、ライトニング・ローもシキを殺すレベルの攻撃をしていて「瀕死レベルに追いやる」事が新六魔の一つの基準。
やはり強いですね。
本来なら戦闘が終わっていたかもしれない一撃。
全体的な活躍は地味と言えば地味でしたが、ここ単一で見れば六魔に相応しいインパクトがあります。
純粋な戦闘力の高さを実感できる。
ホムラが「死など怖くない…」と感じていたのは少々意外。
あまり生死に無頓着という印象もありませんでした。もっと人間らしく死ぬのは怖いと思っていた。
そう思ってはいないのは、ホムラの武士道精神といったところなのでしょうか。
「主君」と言えるかもしれないシキの為に忠義を果たす事が、1番の「使命」だと考えているんでしょうか。
惑星オオエドで育ったホムラらしい価値観だとも思いますし、しかし「死」を恐れないというのは少し寂しいですね。
真島先生の前作『FAIRYTAIL』で何度も描かれているテーマだけど「死」を恐れないというのは、周囲の人がその人をどれだけ大切に想っているのか伝わっていないという話でもありますので。
そこまで深掘りされる話でもないでしょうけど、この意識はホムラの中で変わると良いなと思いました。
そこでホムラが気付いたのは「違う!!!私は死にたい訳じゃない 生きたいゆえ」という本質で「どれだけエーテル力が高かろうが死にたい者に…生きたい者が負ける訳にはいかぬゆえ」と奮起します。
前回言っていた通り、相手は「死ぬ」事が目的。
そんな自暴自棄的考えに振り回されたくありません。
「死にたい者に…生きたい者が負ける訳にはいかぬゆえ」とは尤もな考え方。
ある意味、真島先生の前作『FAIRYTAIL』のゼレフを相手にしてる気分と言いますか、「生」という本来最も大切にするはずのものを蔑ろにできる存在には負けたくありません。
百武芸
ホムラの剣戟を「やめておけ 私は十分に楽しんだ 殺さずにおいたのはおまえに敬意を表してだ」と言い、防ぐレディ・フレイヤ。
「どうしても死にたいのなら私の"百武芸"を見せてやろう」と言って本領発揮します。
レディ・フレイヤの持ってる剣が変形し「ハンマー」へと変化。
と思ったら、次は分解し「手裏剣」に変化。
他にも「槍」や「鞭」のスタイルを見せます。
数多の武器に変化する機械。
これこそがレディ・フレイヤの使う力の真骨頂でした。
「百武芸」という名前からして、百種類ある武器に変化するのでしょうか。
レディ・フレイヤは初めて名前が出てきた時から「ありとあらゆる武具を使いこなすと言われる伝説の剣士」だと言われています。
その全貌がこの戦闘スタイルだったのでしょう。
いくつもの武器を完璧に使いこなす戦闘スタイル。
ハンマー、手裏剣、槍、鞭…戦い方の自由度が高くて見ていて面白いです。
前評判のシルエットからは、思わず『FAIRYTAIL』のエルザを彷彿としていましたが、それとは違う「ありとあらゆる武具の使いこなし方」。
一つの機械がいくつもの武器に変化するシステムになっているとか、いかにもEDENSZEROっぽいです。
確かにありとあらゆる武具を使いこなしていて、唸りました。
使い方もスマートでかっこいい。
大きなハンマーを軽々と振り回し、続け様に手裏剣を飛ばすという連続攻撃。
格ゲーで使ってみたいと思えるスタイリッシュさがありました。
変形の仕方も「分離」「接合」「部分変化」と「繋ぎ」の部分が分かりやすくて面白い。
ちょっと、一つの生命体っぽいというか、まるで機械が意思を持って動いているように見えました。
おそらくそれだけレディ・フレイヤがこの武器を使いこなしてるからこそで、流れるような動作に見惚れます。
上位互換
あらゆる武器を使いこなすレディ・フレイヤにホムラも似たような戦法を使い、放つは「戦少女弓術」。
ジョーカー・ヘリックス戦で使った技です。
ホムラは剣だけじゃなく「刃物」に関する様々な武具を使いこなせるのが特徴。
レディ・フレイヤも「私と似た事ができるという訳か」と感心していて、言われてみればレディ・フレイヤの使う力はホムラの上位互換的な存在なのか。
レディ・フレイヤも最初に使っていた武器は「剣」で、ホムラは「刃物」に関する様々な武具を使いこなすのに対して、レディ・フレイヤは「ハンマー」や「鞭」といった「刃物」に関係がない武器まで使う事ができます。
「力」という意味では、ホムラの完全上位互換。
今回まで意識していませんでしたが、ここでもホムラが最後に戦うに相応しい相手だと認識できました。
「五形剣 虎の型!!!」という懐かしい技も使い、レディ・フレイヤに初ダメージ。
こちらは、惑星フォレスタでのモラ戦で見せた技ですね。
オーバードライブも見せたし、他にも色んな技を使って、言うなればこれまでのホムラの技オールスターって感じかな。
ホムラの戦い総決算に相応しい。
今回でレディ・フレイヤ撃破だと事前に予想していて、どこで形成が逆転していくのか気になっていました。
装甲にキズがつく、このタイミング!
この時点で何か理屈的な対応を見せていなかったので、少々意外でした。
まだ何も成長していないのに、もうここで攻勢に出られるのだなと。
理屈はシンプル。
ここにくるまでに、とっくにホムラは成長していたからです。
確かに「エーテル力」という観点で見れば絶望的な戦力差がありました。しかしホムラが言う通り「総合的な戦闘能力は心・技・体 全てを見て測るものなれば」。
実はこの時点でホムラはレディ・フレイヤを凌駕していたのです。
「竜閃華」という1番の必殺技をここでも見せ、ホムラらしい戦い方。
アクネラ戦との違い
そう考えると、事前のアクネラ戦にも意味はあったかなーなんて思います。
ゴッド・アクネラとレディ・フレイヤで、ホムラだけ幹部との戦闘が2回用意されてた不自然。
特に意味もなく自然とああいう状況になったのでしょうけど、読んでる側としてはその不自然が少し気になっていた。
今回を読むと「成長」と「成長後」でそれぞれ違ったテーマになっている気がしました。
アクネラを倒した時のホムラ、ヴァルキリーから「いや…最後の太刀は私を超えていた…」と称されていたんです。
アクネラ戦は「ホムラのヴァルキリー超え」を意味していた。
あの時はあの時で「弟子の師匠超え」として、ホムラ最後の戦いに相応しいと感じていました。
自分の中であれだけで十分な感動を得られていたのだけど、加えて与えられたホムラ最後の戦い第二ラウンド。
ここは何かを経て成長したというより、既に成長している証明を果たす意味があった気がします。
わりとすんなりレディ・フレイヤに初ダメージ成功させたホムラ。
これは「成長後」だからだと思いました。
ゴッド・アクネラを倒し「師匠超え」すらしてしまったホムラならそう不自然な事ではなかったのだと思います。
同じ六魔を一度倒していますし、六魔レベルに達しているホムラであればそう高くない障害だった。
マッチアップは偶然かと思いますけど、それを描く意味で真島先生は意図的に差別化したんじゃないかなーと感じています。
こういう「変化」の見せ方は好みです。
どちらにも違った面白さがある。
心·技·体
総合的な戦闘能力を決める「心・技・体」。
「心・技・体」それぞれに合わせて言う決め台詞が漫画的に面白い演出になってます。
「心!!!死にたい者に生きたい者が負ける道理なし 技!!!戦乙女の型はあらゆる技を繰り出せる 体!!!鍛えた体は何事にも屈せず」。
言ってる事自体は特に思う事ないのですが「心技体」をクローズアップさせるのはホムラらしく、それぞれに合わせた掛け声が面白いです。
スローガンを宣誓してるみたいなノリと言いますか、少しパフォーマンスじみてますねw
そんな事普通言わんやろと思ってしまうような、少し見る側を意識してそうな言動。
もちろんホムラだからこそ言える事で「エーテル力」にかまけたレディ・フレイヤを否定する為の言動ではあるんですが。
良い意味で読者を楽しませる為のアピールをしているようで読んでて面白かったです。
中でも「鍛えた体は何事にも屈せず」が好き。
うん。正論。
まるでボディビルダーみたいな事言いますね。
「力こそパワー」みたいな有無を言わせない説得力を感じる。
これを言ってるホムラが「裸」ってのも面白い。
細身ですが、心なしか筋肉質に感じなくもない。陰部を見せないポーズもちょっとマッスルっぽいんだよな。
「ありえん!!!何者だ コイツは」と取り乱すレディ・フレイヤに「ホムラ そしてヴァルキリーでもある エデンズの剣なれば!!!」と答えてくれたのも嬉しかったです。
「ヴァルキリー」とは前の世界でホムラが襲名した魔王四煌星としての役割。
この世界ではヴァルキリーが存命である事で状況が違いますが、それでも「ヴァルキリー」の存在と共にホムラが戦っているように見えました。
「ヴァルキリー」にエーテルギアを教わって戦う今のホムラ。間違いなく「ヴァルキリー」が自分の一部となってるんです。
それを誇りに思っていそうな宣言。
何となくそんな文脈に感じて熱かったです。
戦乙女流の秘奥義
そして、何の脈絡もなく戦乙女流の秘奥義登場ッッッ。
これ系に「秘奥義」って定番ですよね。山場で絶対出てきますよね。シキにおける「黒天」がそうでしたもん。
ここは少し安易というか、ベタ過ぎて面白かったです。
真島先生もここはそういうものだよねってテンションで描いていそう。
「おまえの名にふさわしい炎の技」だという戦乙女流の秘奥義。
その技には「代償」があるんだとか。
「修得すれば火や熱いものが苦手になる」。
何故かというと、数年かけて内に炎を溜めるからです。
理屈は不明ですが、ホムラは数年かけて体の内に炎を溜め続けていました。
何だろう、体の発する熱気のようなものを体外に放出しないようにしているんだろうか。
体温を一部温存しておく…的な。
ホムラは炎の能力者ではないので、それぐらいしか思い浮かびません。
「熱いものが苦手」というホムラの弱点。
それは、この時生まれたものでした。
戦乙女流の秘奥義を修得したから、火や熱いものが苦手になっていたようです。
「伏線回収」とはこの場合自分は言わないのだけど、最初期から存在していた設定が回収されたのは良いですね。
「そういうことだったのか」という発見がある。
269話を読み返していると、ホムラが熱い炎に立ち向かうような特訓をしていて、この頃は容姿からして秘奥義の存在を知る以前だと思うので秘奥義の為の修行ではないと思いますが、もしかしたら秘奥義を会得する事ができるか、その適正を見ていたんでしょうか。
炎に立ち向かうなんて修行として意味あるのかと当時の感想でも書きましたけど、秘奥義の適正を見る為だったとしたらより自然な読み味になる。
ヴァルキリーが後ろから俯瞰してホムラの様子を見ているようです。
焔
「ヴァルキリーはこの技を修得していない」という設定も抜かりない。
ヴァルキリーは別に熱いものが苦手ではないので、秘奥義を修得しているのは矛盾が生じます。
この秘奥義は完全に今回考えついた要素だと思いますけど、変に矛盾が生じなくて良かったですw
真島先生、たまにこれ今回いきたり考えたな?って以前の描写と食い違う時もあるので。
この秘奥義、ここぞという時まで内なる炎を溜め、任意のタイミングで解放するという発動方法を聞くに、1回きりの必殺技なんでしょうか。
真島作品だとこういう時1回使えると何度でも使える状態になっていてもおかしくないですが、普通に考えると一度きりの特別状態のような。
ぶっちゃけ今後次第という気もしますが、実際今が最終決戦で今後ホムラに戦う機会がない事を考慮すると、やはり「1回きりの必殺技」と見て間違いない気がします。
「内なる炎を解放する」という状態がなかなかかっこいい。
こうまで全身が燃えるのは『FAIRYTAIL』のナツぐらいです。
ナツに匹敵する熱量を感じて、エネルギーが半端ない。
ホムラは炎の能力者でも何でもないので、だからこそあそこまで炎を出せる異質さが際立っていました。
これはまさに「内なる炎を己の身に溜め続けた」証なのだなと。
技の名は「戦乙女流秘奥義 炎ヲ謳ウ太刀」。
何かの既視感を感じたのですが、これ『BLEACH』の残火の太刀ですかね。
技名がいきなり「○○の○○」みたいになった事、刀身は炎に包まれ焦げたような細い黒。
相手を真っ二つに斬る鋭利さも残火の太刀の圧倒的な破壊力を彷彿としました。
技の性質が最初に説明され、ある意味1番面白い部分はもう見てしまった感があったのですが、技名と演出も特別感あって最高でした。
いつもの漢字数文字だけで表現されるネーミングではなく、まるで文章かのような少し長めのフレーズ。
間の文字がカタカナなのも世界観がガラッと変わって鳥肌立ちました。
期待値を高めてから、そのハードルを超えた魅力が用意されてて素晴らしい。
必殺技演出も真島作品にしては珍しく真横から二人が向き合う姿で描かれ、シンプルな構図故に「武術」らしさが際立っていたと感じます。
ここにきてあえてここまでシンプルなデザインに収めるたのがかっこいい。
体が冷えた理由
倒して、ラスト「体が…冷えるゆえ…」と呟いていたのはどういう意味なのでしょうか。
パッと思い浮かぶのは風呂場で裸で戦っていた事で、体が冷えたというだけの意味。
「湯冷め」なんかを彷彿とさせる状況。
ホムラは風呂に入っていないので違いますが、わざわざ裸で戦っていたから肌寒くなってもおかしくないと思う。
自分の状況を説明したオシャレな撃破台詞だった説。
もう一つ思い浮かんだのは、炎ヲ謳ウ太刀を使った副作用。
炎ヲ謳ウ太刀は、数年体に溜め続けた炎を放ちます。
特にそういった説明はなかったけど、その技を使うと体が冷えるんじゃなかろうか。
熱いのが苦手故に体の冷えが特別気になるみたいな解釈を最初しようと思ったんだけど、難しいかな?
ありそうなのは、体内の炎を放出した事で、体温が急に下がった可能性。
内なる炎を溜める理屈は不明ですが、体内にあった炎を外に出したのなら体温が急に下がってもおかしくない気がします。
ホムラはそういった副作用を説明していたんじゃないだろうか。
蓄積した奥義で、一撃勝利────。
第283話『時の体内』へつづく
わお、意味深なサブタイトル。
二通り思い浮かびました。
①時の力を使うヴォイドの核に触れる
②マザーを地球に戻す時喰みの体内、もしくは時の戻った地球を表現している
後者がありそうかなぁ。
時喰みがどういう存在か、いよいよ知る時がきたんでしょうか。