(コーチングの話のつづきです)

僕は一応の方針がありました.それは「自分から造形を直接提示しない」ということです.スタジオの人たちは造形の専門家ですし,「こういう服作りをしてみたらどうでしょう」とシロートが提案することだけはしないことにしました.(「しないことにしました」って以前に「できない」でしょうけど.)幾何学は「形」に関する豊富な知識体系です.リンゴの皮を剥くと渦巻きができるのは,リンゴが丸いからです.同じようにキクラゲを細い線状に切ってみたことがありますか?(あるわけないでショ!)キクラゲはいたるところがシワシワになっていますので,リンゴとは違った形で「曲がって」います.要は,こういう「事柄がもつ幾何学的感覚」を伝えることができればいいのではないかとおもいました.


ミヤケスタジオの一部のメンバーはサーストンに会ってミカンの例は教わっていました.問題は,この知識を前提として,かつほかのメンバーにもわかるように「8つの3次元幾何学」と「サーストンの提示した8つの形」についてどこまで「本質」を語れるか,です.


そのために,「感覚を共有する」ことを唯一の目標としました.自分の幾何学者としての図形感覚があるわけですが,世界を相手にデザインをなさっているスタジオのスタッフの方々と「感覚を共有する」ことがもっとも大切なことだと思いました.数学の正確な定義式を伝えることはこの場所ではどれだけの意味があるでしょうか?もともと数学は式(数式・論理式)の羅列からなる,無味乾燥で質感のない世界です.しかし,数学者や数学愛好家は数式や図形に質感を持っていることは間違いありません.それを伝えることはできないでしょうか?


結論からいいますと,とにかく奮闘して善戦できたと思います.というのは,レクチャーからしばらくたって,試作品を拝見したとき,「ユークリッド幾何:双曲幾何:球面幾何」の世界観をもっているようなものを拝見できたからです.結び目・絡み目についても,「絡まっている感」がおもしろかったです.それらは「デザイナーの方が長年持ち続けてきたモティベーションを形にした」のではなく,「プロジェクトが始まってから,デザイナーがサーストンの世界を感じ取って形にした」ものなわけで,そのお手伝いが少しでもできたのならとてもうれしく思います.


余談ですが,レクチャーの最初に「もし『数学のなかで,この言葉はイヤだな』という言葉があったら,挙げてください」とお願いしました.「三角関数,方程式,微積分,・・・」といくつかの言葉が挙がりました.(藤原さんは「答えが1つに決まることがイヤだ」と言っていました.)だいたい想定の範囲内でした.「これらの言葉は使わずにレクチャーします(から安心してください).」と言って始めました.